地域保健ネットワーク

「地域保健ネットワーク」コーナーでは、保健・医療・福祉の専門家をはじめ、NPOや個性あふれる活動を展開する人など、地域保健を支える人たちを紹介しています。
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三上絢子さんインタビュー/「ピープル」2023年9月号WEB版

赤ちゃんを真ん中に喜び合う体験を ブックスタートで全国に届けたい

「絵本を開くことで、だれもが楽しく 赤ちゃんとゆっくり心ふれあうひとときを持てるように」という願いから始まった「ブックスタート」。日本では2000年「子ども読書年」をきっかけに、2001年から自治体の事業として全国に広がった。全ての赤ちゃんとその保護者に、読み聞かせの体験とともに絵本をプレゼントする取り組みだ。「絵本がもたらす幸せな体験を届ける」機会は、母子保健の目的と大いに重なり、効果を上げている。今年で23年目となるブックスタートの現在とこれからの課題について、自治体支援を担当する三上絢子(みかみ・あやこ)さんに話を聞いた。


【プロフィール】
三上絢子(みかみ・あやこ)さん

学生時代は教育心理学を専攻。2005年NPOブックスタート入職以来、全国の活動の立ち上げ支援、問い合わせ対応や各種資料の作成、研修などに携わる。近年は、子どもたちが健やかに育つ社会の実現に向けて、講演会開催や出版活動を行う「子ども・社会を考える」プロジェクト、あたたかい絵本のひとときの広がりを願う「いっしょにえほん」プロジェクトなど、ブックスタートから派生した取り組みにも注力している。
これまでに訪れた自治体は200以上。4歳の息子を子育て中。

[取材・文:太田美由紀(ライター)・写真:豊田哲也]

全国の6割以上の市区町村で実施

「ブックスタートは、保健師さんや図書館の方だけでなく、赤ちゃんの幸せを願う人であれば地域のボランティアさんなど誰でも関われる活動です。赤ちゃんの笑顔を真ん中に、支援するされるでも、助ける助けられるでもなく、みんなで喜び合うポジティブな体験ができる。私にとってそれが一番の魅力でした。子育て中の方にとっても、地域の方たちにとっても、保健師さんや自治体との関係をつくる重要な機会になっています」

三上さんは「子どもに関わる仕事をしたい」と思いながらも、大学卒業後は証券会社で働いていた。2005年、証券会社を辞め、NPOブックスタートの職員となって以来、自治体支援を担当し全国を飛び回っている。

「2001年4月に12自治体からスタートしたのですが、現在は1102自治体(2023年8月末)で取り組みがあります。比率で言うと市区町村の6割以上です。また、絵本の配付のみを行う自治体もあり、それらを含めると、現在全国で8割超の自治体が、赤ちゃんに絵本を贈っています」


出典:NPOブックスタート「全国の実施状況」https://www.bookstart.or.jp/coverage/

自治体により担当部署は多様で、図書館や生涯学習担当課などが7割、母子保健担当課が2割を占める。現場に読み聞かせや子育て関連の市民ボランティア(母子保健推進委員、民生児童委員なども含む)が多く関わっていることも特徴だ。全ての赤ちゃんに届けるために、集団健診の機会をブックスタートに利用している自治体が7割に及ぶ。

「地域によって、担当課も関わる人たちもさまざまですが、中でも母子保健とは切っても切れない取り組みだと思います。担当課が図書館だとしても、保健師さんとタッグを組んで健診で実施することで相互に可能性が広がるという声も多く届いています」

ブックスタートで健診の満足度が向上

乳幼児健診の待ち時間を有効利用してブックスタートを取り入れている自治体も多い。地域のボランティアが健診待ちの現場に入ることで、見守りの目も増え、保健師の人手が足りないときにも安心して健診に集中できる。赤ちゃんを連れての外出の大変さや健診への緊張感をボランティアさんがほぐしてくれる効果も大きいという。

「ブックスタートのボランティアさんは、地域の読み聞かせサークルや児童民生委員さんなど子どもが大好きな方が多いので、会場が歓迎のムードで満たされるんです。3、4か月児健診だと、その月齢の乳児と絵本を楽しむ様子をイメージできない保護者もいらっしゃるのですが、実際に絵本を開いて読み聞かせをしてみると、赤ちゃんもじっと絵本を見つめたり、声を出して笑ったりします。

その様子を見ると保護者の方もリラックスできますし、ボランティアさんに絵本を読んでもらう心地よさをお母さん自身が感じます。そこでようやく安心して本音を出せるようになり、保健師さんには話せなかった心配ごとを打ち明ける機会にもなっているようです。サポートが必要な方を見つけるきっかけにもなっています」


読み手の優しい声と表情、楽しい言葉のリズムに、赤ちゃんは満面の笑みで応える
2018年大阪府の自治体©NPOブックスタート

健診の待ち時間を楽しく過ごすことができるため、保護者の健診の満足度が上がり、健診の印象がよくなったという地域も多い。地域の人とのつながりが希薄になっている時代、安心して話ができる人が地域にたくさんいることを知るチャンスにもなる。健診の受診率が91%から98%に上がったところもあった。

絵本は赤ちゃんとのコミュニケーションツール

経済的な理由など家庭環境により、本のない家庭に育つ子もいる。初めての赤ちゃんにどのように声をかけ、遊べば良いか分からないという保護者も増えている。そんなとき、絵本は赤ちゃんとの大切なコミュニケーションツールとなる。

赤ちゃんにとって、絵本はおもちゃの一つでもある。手を伸ばし、ページをめくり、時にはかじったりやぶいたりすることも——。ブックスタートの候補となる絵本は、3年に1度、5名の専門家により選考が行われている(ブックスタートでお渡しする絵本)。

選考の基準は、「赤ちゃんが保護者と豊かな言葉を交わし、気持ちを通わせながら楽しい時間を過ごすことで、心健やかに成長することを応援する絵本」であり、「年月を経て赤ちゃんから支持され続けてきた絵本」、もしくは、「今後、赤ちゃんから支持を受ける可能性が高い絵本」。赤ちゃんが興味を示すことが一番の条件となっている。

内容は自治体ごとに異なるが、絵本のほか地域の子育て情報を紹介した資料などが入る。各自治体の財源(税金)でまかなわれる。

「読み聞かせをしたときに赤ちゃんがうれしそうに反応するのを見たお母さんが、『赤ちゃんにも心があるんですね』と驚くこともあります。わらべ歌や手遊びは恥ずかしいというお父さんも、絵本なら読み聞かせをすることで一緒に楽しめます。赤ちゃんは周りの人たちの気持ちを受け取って反応する素晴らしい力を持っていますから、その体験を絵本と一緒に持って帰ることができる。そんな声を聞くたびに、本当に意義ある取り組みだとあらためて感じます」

いまこそ、ブックスタートの意義を伝えたい

ブックスタートが始まって今年で23年目。20年以上という長い期間続いてきた取り組みだけに、立ち上げ当初の熱意を受け継ぎながら続けてきた自治体もあれば、絵本の配付だけに縮小してしまった地域もあるという。

「特にここ数年は、新型コロナウィルス感染症の影響で集団健診が難しくなり、個別健診への切り替えや、できるだけ密にならないように時間で区切って健診を実施する自治体が増えました。ブックスタートを実施していた市区町村でも、読み聞かせの体験をやめて絵本をお渡しするにとどめていた地域もあります」

新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが5類感染症となって以降、ブックスタートでの読み聞かせを再開する地域が増えているが、この数年のブランクは大変大きい。以前の実施の様子を知らない担当者に変わってしまったり、ボランティアさんが高齢のため減ってしまったり——。そんないまだからこそ、ブックスタートの本来の意義を伝えたいと三上さんの言葉に力が入る。

「今年度に入り、本来のブックスタートを再開する地域が増え、職員の方への研修依頼も増えてきました。あらためて自治体支援担当の職員がブックスタートの意義やほかの市区町村での実施の様子などをお伝えしています。また、近年増加している外国にルーツを持つ保護者には、多言語の訳を添えた資料も提供しています。自治体の規模や地域性によって、いろいろな実施方法があると思いますので、参考になる自治体のケースや、図書館と保健師さんとの連携についての事例をお伝えしています」


日本語の絵本に5言語の翻訳シールを貼付した多言語対応絵本。現在自治体に試験提供している。写真は『くだもの』(作:平山和子,福音館書店)

地域を育む正の連鎖を絶やさないために

ブックスタートが始まったばかりのころ、当時のシンポジウムで「ブックスタートは、いつ終わりを迎えるのだろうか」ということを話した方がいた。

「赤ちゃんが生まれれば肌着を用意するのと同じように、絵本を用意するのも当たり前のことだと、誰もが思うようになるまで続けていくべきだ」

三上さんは、その言葉を知り深く共感したという。

「でもいまは、実はこの活動に終わりはないんじゃないかと思っています。ブックスタートは、赤ちゃんに絵本との出会いを届けると同時に、人と人が関わり合う機会も提供します。赤ちゃんの笑顔を中心にいろんな人がつながって、地域の豊かさも育まれていく。赤ちゃんが生まれ続ける限り、続けていかなければならない取り組みだと思うようになりました」

最近では、ブックスタートで絵本をもらった赤ちゃんが保護者になり、親としてブックスタートを体験した人がボランティアになっている地域も増えている。

「赤ちゃんからお年寄りまで、地域の人の人生に長期間伴走する保健師さん。ブックスタートは、保健師さんのお仕事に重なる部分がとても大きい活動だと思っています。先日、ある保健師さんが、負の連鎖を断ち切ることも、正の連鎖を絶やさないことも、とても大変だけど大切なことだとおっしゃっていました。一緒に絵本を開いたときのあの喜びを少しでも多くの人に伝えていけるよう、これからも保健師の皆さんと一緒に、赤ちゃん、そしてそのご家族の幸せのために力を尽くしていきたいと考えています。ブックスタートに関するご相談があれば、どんな小さなことでもご連絡ください」

参考:ブックスタート利用自治体 保健師の声

ブックスタートを利用している自治体にいらっしゃる保健師さんの声をいくつかご紹介します。

ボランティアさんが読みきかせをしてくださる場面では、私たち保健師が1対1で向き合う場面と異なり、保護者の表情が素直に出やすく、普段の赤ちゃんとの関わりの様子が見えやすいんです。支援が必要な人へのフォローに気付きやすくなりました。(鳥取県A市 保健センター)

図書館、子育て支援課(母子保健担当部署)、文庫連絡協議会(文庫連)の3者で2000年秋から1年間かけて話し合いを重ね、ひと組ずつの親子に丁寧に対応していこう、と共通認識を持ちました。2002年から4か月児健診でブックスタートを開始。連携もスムーズです。保健センターには図書館のリサイクル図書を利用した絵本コーナーがあり、待ち時間に親子が楽しむ様子も見られます。マタニティ期には、わらべうたやピアノ演奏を楽しむ会なども実施しています(大阪府B町 子育て支援課)

ブックスタートの不参加者には、再度案内状を送付します。それでも参加されないご家庭には、支援センター職員がブックスタート・パックを持って訪問し、絵本の読み聞かせをします。不参加の事情はさまざまです。家に車が1台しかない、免許がないなどの理由で父親が休みの日にしか身動きが取れない、母親が外部の方との交流が苦手、シングルマザーで忙しい、外国籍の方で言葉の壁があり連絡が取りにくい、などの理由が見られます。ブックスタートに参加しない家庭にこそ、子育てに不安や困難を抱えるケースが多く見られるので、この訪問はとても大事です。パックを渡すことで訪問を自然な形で迎え入れてもらえ、ゆっくりと話をすることができます。(三重県C市 子育て支援センター)

医師の問診では聞き出せないお母さんの気持ちを、ボランティアさんは、お母さんに近い立場で世間話的に聞き出してくれます。『首がまだすわっていないと先生に言われた後、ブックスタートでちょっと涙を流す人がいたよ』など、それは保健師には得られない情報なんです。専門職には言いにくくても、ボランティアさんには本音を出せるということもあるのでしょう。双方の立場というか強みを活かして、保護者の思いをすくい上げていきたいです。受診率が高い最初の健診だからこそ、来て良かったと思ってもらうことは大切です。健診にブックスタートが入ったことで、笑顔が増えました。ブックスタートを健診でやらないなんて、もったいないですね。(愛知県D市 健康課)

保健師は、問診時間など細かい所まで配慮して健診時間を組み立てています。その流れを壊してはいけないと考え、子育て支援課担当と保健師で話し合いを重ねました。たとえば、何番目の対象者まで呼ばれているかを把握するため、ホワイトボードを設置するアイデア。このボードがあることで問診までの時間の見当が付くようになりました。すぐに呼ばれそうな人には読み聞かせを後にするなど、臨機応変な対応が可能となりました。(静岡県E市 子育て支援課)

親と子の関わり、人との関わりは、人間が育っていく上で土台となるものです。でも、それをいかに育むかは、保健師が言葉を尽くして説明しても保護者に伝えきれません。子育ての楽しさや人と関わることの大切さに、保護者自身が気付くことが必要です。そのための手立てはいろいろありますが、絵本を介した親子のふれあいは、その一つではないでしょうか。(福島県F市 健康増進課)

<もっと読みたい方はこちらの本がおすすめです>

『ブックスタートの20年 自治体と市民が 赤ちゃんの幸せのためにつながり 実現してきたこと』NPOブックスタート 編
¥ 1,100(税込)

参考:鎌ヶ谷市保健師さんのインタビュー動画

NPOブックスタート公式サイト:https://www.bookstart.or.jp

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