地域保健ネットワーク

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鎌倉幸子さんインタビュー/「ピープル」2024年9月号WEB版

映画をきっかけに知った保健師の仕事
『じょっぱり』を世界に届けたい理由

「青森のナイチンゲール」とも呼ばれる花田ミキさんの人生を題材にした映画『じょっぱり看護の人 花田ミキ』(以下、『じょっぱり』)。「実は、映画のプロデューサーを務めるのは生まれて初めてなんです」と笑う鎌倉幸子さんは、カンボジアの難民キャンプでの教育支援活動や、東日本大震災後の移動図書館プロジェクトなどにも関わってこられた国際協力NGOの団体職員でもある。現在も平日は常勤で団体職員を続けながら、休日を利用して認定ファンドレイザーとして社会的インパクト・マネジメントや組織基盤強化などのコンサルティングを行っている。鎌倉さんの全ての活動の根底にある、「保健師魂」に通じる強い思いや願いとは。

[取材・文:太田美由紀(ライター)・写真:豊田哲也]

【プロフィール】
鎌倉幸子(かまくら・さちこ)さん/映画『じょっぱり 看護の人 花田ミキ』プロデューサー

青森県弘前市出身。公益社団法人シャンティ国際ボランティア会カンボジア事務所図書館事業課コーディネーターとして、500を超える小学校に図書室を整備するプロジェクトを担当。同団体東京事務所で広報課勤務時代、東日本大震災が起こる。2011年に「いわてを走る!移動図書館プロジェクト」を立ち上げ、図書館が壊滅的な被害を受けた陸前高田市、大船渡市、大槌町、山田町で仮設住宅を巡回する移動図書館を運営する。
2016年にかまくらさちこ株式会社を設立。2021年より映画『じょっぱり 看護の人 花田ミキ』のプロデューサーを務める。著書に『走れ!移動図書館 本でよりそう復興支援』(ちくまプリマー新書)。

地域保健編集部では製作が始まる前から鎌倉さんを通じたご縁で映画『じょっぱり 看護の人 花田ミキ』を応援しています。映画の作品概要や応援することになったいきさつなどについては地域保健WEB内の特設ページ(https://www.chiikihoken.net/joppari202407)もご覧ください。
ある日突然、映画プロデューサーに

始まりは2021年の春。映画のクラウドファンディングを手伝うことになっていた鎌倉さんは、『じょっぱり』の監督である五十嵐匠さんの事務所に「会議があるから」と呼び出された。
映画の会議といえばきっと大勢が集まるのだろうと想像していたが、集まったのは五十嵐監督と鎌倉さんの二人だけ。所在なく事務所を見回している鎌倉さんに、監督はスッとお茶を出してこう言った。
「映画はここからがスタートだ。ところで鎌倉の肩書はなんだ」
ファンドレイザー、つまり資金調達の仕事をしていることを伝えると、「プロデューサーって肩書きがあるから、プロデューサーの名刺を作れ」と五十嵐監督。それが、映画プロデューサー鎌倉幸子の誕生の瞬間だった。
「映画のプロデューサーと言っても、私は主に資金調達。配役やギャランティ交渉、ロケのスケジュールを組むなどは、資金がある程度集まったところで本職の方が入ってくださいました。でも、私が右も左も分からない状態でプロデューサーを引き受けたのは、五十嵐さんが魅力的だったからだと思います。不思議といろんなご縁もありましたし」
五十嵐監督も鎌倉さんも青森県出身というだけでなく、鎌倉さんが1998年から2007年までカンボジアに駐在して子どもたちの教育支援活動をしていたとき、五十嵐監督はカンボジアで『地雷を踏んだらサヨウナラ』(1999年製作)という映画を撮影していた。『じょっぱり』の花田ミキさんは、鎌倉さんの母校である青森県立弘前中央高等学校(当時の青森弘前高等女学校)の先輩に当たる。
さらに、鎌倉さんがカンボジアに駐在したきっかけは、五十嵐監督が撮影した映画『SAWADA 青森からベトナムへ ピュリッツァー賞カメラマン沢田教一の生と死』(1997年公開)のモデルとなった青森県出身の沢田教一さんが撮影した、ベトナムの子どもの写真だった。

沢田教一さんはベトナム戦争で撮影した作品「安全への逃避」で1966年ピュリッツァー賞を受賞。
1970年に何者かに銃撃されカンボジアで亡くなった。

「小学校の頃、夏休みに親に連れて行かれた写真展で沢田さんが撮影した写真を見たことが強烈に印象に残っているんです。自分と同じ年の子どもがこんな戦争の中をどうやって生き延びているんだろうって。この世界の理不尽さのようなものを初めて感じて、それがずっと心の中にあったんですね。
五十嵐さんも、戦争自体ではなく、戦争が一人一人の人生をどう変えたのかとか、どんな社会を生み出したのかというテーマを持って映画を作っている。興味が重なっていることも、プロデューサーを引き受けた理由の一つだと思います」

五十嵐監督も私も、本の力を信じている

もう一つ、五十嵐監督と鎌倉さんをつなげたものがある。それが「本」だった。
「初めて五十嵐さんの事務所に行ったとき、まだ資金が全く集まっていないのに、保健師や医療関係の資料が山積みになっていることに驚きました。五十嵐さんは私に『保健師って知ってるか?』と尋ねたかと思うと、すぐに保健師についての詳しいレクチャーが始まりました。さらに、『俺たちのミッションは保健師とは何かを世の中に正しく伝えることだ』と語るほどでした。
年間1200本ほどの映画が毎年作られている中で、100年残る映画は事実をおさえてつくっているということも繰り返し話していました。五十嵐さんは毎回、映画製作にあたっては文献調査や関係者のインタビューなどのリサーチを徹底して行うんです。

私は長年、カンボジアでも東日本大震災後の東北でも、難民や被災した人たちに本を届ける活動をしてきました。何もなくなってしまったところでも、本は人を支えることができると信じています。五十嵐さんは、また違う意味で本の力を信じている人だと思います」

鎌倉さんは、大学時代に一人のカンボジアからの留学生と出会っている。
「彼はいつも笑顔で、南国の太陽のような人でした。カンボジアの内戦を経験していて、12歳のときに家族も虐殺され、強制労働をさせられた後、タイに逃げて難民キャンプで10年暮らしたと話していました。
それでもこうして留学できたのは、難民キャンプに図書館があり、そこにあった2万冊の本を全て読んだからだと言っていました。彼は、国連の仕事などを経て日本に留学してきたと話してくれました。私は、その彼の紹介でカンボジアを支援していたNGOに入ったんです。
私がカンボジアに行ったのはクメール・ルージュの指導者であるポル・ポトが死去した翌年(1999年)でしたが、ポル・ポト時代(1975-1979)に多くの知識人や教員などが虐殺されたため、本を書ける人がほとんどいないような状況でした。
ポル・ポトの時代は終わったとされていましたが、その影響は計り知れないものがありました。図書館の本も焼かれていましたから、国立図書館でさえ蔵書は500冊しかありません。図書室を作ってもそこに置く本がないため、本を書ける人を探し出すところからのスタートでした」

お菓子は食べたらなくなるけど、絵本は何度でも読める

カンボジアでの8年の経験を生かして、2011年4月3日、東日本大震災で被災した気仙沼に支援に入った鎌倉さんは、目の前に広がる何もない光景を見て言葉を失った。鎌倉さんが「図書館や本ではなく衣食住が必要なのではないか」と考えていたとき、気仙沼市の図書館員の言葉が鎌倉さんを動かした。
「こんな時だから、いま、出会う本が子どもたちの一生の支えになる」
「食べ物は食べたら無くなります。でも読んだ本の記憶は残ります。だから、図書館員として本を届けて行きたいのです」
その言葉は、先輩から伝え聞いたカンボジアの難民キャンプにいた女の子の言葉と重なった。
「お菓子は食べたらなくなるけど、絵本は何度でも読めるから好き」
映画『じょっぱり』の制作の際、鎌倉さんは五十嵐監督と共に幾度も保健師の話を聞いた。何人もの保健師から出てきた「保健師魂」という言葉は、気仙沼で出会った図書館員の「司書魂」にも重なっていると鎌倉さんは言う。

『じょっぱり』をたくさんの人に届けたい

2024年7月、五十嵐映画は無事に公開されたが、東京都写真美術館に続き、青森の二つの映画館からスタートだった。この先どこまで広がっていくのかは未知数だった。五十嵐監督は冗談とも本気ともとれるこんな提案をした。
「鎌倉、自転車に映写機乗せて、いろんなところを回って上映したらいいんじゃないか」
保健師、花田ミキさんが保健の知識を届けるために紙芝居を自転車に乗せて回ったというエピソードからのアイデアだ。保健師がアウトリーチするように、映画『じょっぱり』も皆さんが住む地域に届けたいという監督の思いが込められていた。鎌倉さんが自転車に映写機を乗せて日本各地を回ることは流石になかったが、現在も上映は確実に広がっている。

「おかげさまで、青森でも延長、再延長と気付けば5回も上映期間が延長されました。小田原でも再上映がありましたし、9月からは大阪や福島でも上映されています。プロデューサーである私も知らないところで、いつの間にか福島県医師会、いわき市医師会のご推薦などもいただいていて、本当に驚いています。
映画館での上映ももちろんですが、今後はDVDやブルーレイを貸し出して、数十人規模でできる自主上映についても広く呼びかけていこうと考えています。近々映画の公式サイトに、自主上映の方法や申し込み方法なども掲載する予定です。いろんな世代で集まってこの映画を観て、感想をシェアし合ってもらえるとうれしいですね」

鎌倉さんの中にも五十嵐監督の中にも熱く燃える「保健師魂」のようなものがある。その思いが、映画『じょっぱり』を多くの人に届ける力になっているのは間違いない。

海外でも上映できるように翻訳作業を進めているという鎌倉さん。
外国語版の『JOPPARI』ができる日もそう遠くない。

より詳しく知る・つながるには

○映画『じょっぱり 看護の人 花田ミキ』・公式WEBサイト
https://hanadamiki.com/

○この記事のご感想・ご意見・情報提供は地域保健編集部へご連絡ください
chiikihoken@tkhs.co.jp

参考資料・リンク

書籍:『走れ!移動図書館——本でよりそう復興支援』(ちくまプリマー新書)

DVD:『SAWADA』(発売元:グループ現代/販売元:紀伊國屋書店)

撮影協力:コワーキングスペース茅場町 Co-Edo

上映館マップ:『じょっぱり 看護の人 花田ミキ』の上映館をGoogleマップにまとめたもの。いずれは世界に!

温かいごはんと本を届ける!石川県珠洲市を走るレスキューキッチンカー&ブックカフェ(2024/10/16まで 鎌倉幸子さんが所属している団体が主催のクラウドファンディング)

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