藤本さんの講演旅行記

「保健師のための閑話ケア」web版【番外編】
自転車日記

2019-06-29

7月号の「閑話ケア」読みました?
なんで「地域保健」に還暦を迎えた人が自転車に乗り始めた話が載っているんだろう? と思った人。
あなたは正しい。
全くもってその通りで、書いている本人でさえ、これで良いのかと疑問視している。もっとも「これで良いのか」は、7月号だけの事ではなく、ほとんど毎号感じているのだが。
まあでも、忙しい保健師たちの息抜きにでもなれば、それも良い事ではないか―と、正当化して自分を納得させているわけだが、それ以上にweb版のこの「講演旅行記」に、講演に全く無関係な自転車話を載せちゃおうっていうのは、かなり乱暴な話である。
非難ゴウゴウのあげく炎上! ………、いやいや、ちょいとお待ちを!
つまりですね、7月号をお読みになった方のごくごく一部には、その内容を見て、「クロスバイクって、どんなのかなぁ」とか、「狛犬の代わりにウサギ? どんな感じなんだろう」などと、想像しようとなさる方が、いらっしゃるのではないだろうか。
なのに、書きっぱなしで写真もお見せしないのは失礼に当たるが、誌面に掲載するわけにもいかない。ならば、「講演旅行記」のワクをお借りして、御紹介しようではないか、という、筆者の誠意の表れがこれなのである。
というわけで、何とかお許しの程を(^.^)(-.-)(__)
誌面をご覧になっていない方には、更に唐突な感じだろうが、要約すると、去年の夏にネットでクロスバイクをつい買ってしまい、全くのシロウトの私が四苦八苦しながら自分で何とか組み立て、還暦の誕生日を過ぎた10月頃からボチボチと乗り始めてあっちこっち行ったよ―という話です。

さて、まず、自転車の説明から。私も前述のように本気で乗り始めて1年も経っていないので、全くのシロウトであるが、ごくごく簡単に説明しておこう。
ハンドルの両端の形状が平仮名の「つ」の字みたいに、下方に大きく曲がっているのがロードバイク、それに対して、私が乗っているクロスバイクのハンドルは基本的にまっすぐ。

え? 左右に、前方に突き出た黒いツノみたいなのがあるから、まっすぐじゃない?
確かに。でも、このツノは私が後付けしたもののひとつ。茶色っぽいグリップの所までが、本来のハンドル部分なんです。
ただ、そこだけを握って走っていると、長距離になると腕に負担がかかってくる。その結果、手のポジションを変えた別の持ち方をしたくなるので、牛のツノみたいなのを追加したわけ。
ロードとクロスの違いは、ハンドルの他は私にはよくわからない。タイヤの太さとかブレーキの構造とか、他の要素もあるようだけど。ともかくネットを見ながらマウスをポチッと押してしまった結果、届いた自転車本体に、あーだこーだと調べながらいろいろくっつけたり、実際に乗りながらこれもあった方が良いな、と更に工夫した結果がこれである。
スタンドさえも付けたくない、シンプルが一番という、本格的なライダーの方から見たら、邪道そのものの自転車だろう。ハンドル中央右の縦長の四角っぽい部分はスマホのホルダー。ここにスマホをセットしてナビとして使う。更に長距離長時間の使用に耐えるためにソーラー充電器までセットするようにしてある。工具などの小物入れ、水筒ホルダーも2本分、長時間に耐えるためのシリコンクッション入りのサドルカバーや泥除け兼用の荷台もあるので、シンプルとは程遠い物になってしまったが、還暦の初心者が、50キロ前後の長距離を乗るには、やはりある程度の備えも必要なのだ。ご理解下され。

そんな自転車に乗り始めて、近所での練習以外に最初に訪れたのが、片道7.5kmの、さいたま市の調(つき)神社。
地元の人は「つきのみや」とも呼んでいる。狛犬がいなくて、代わりに狛ウサギがいる神社なのだ。
あまり細かい事は存じ上げないが、浦和の人々にとっては人気のスポットで、初詣や12月の「十二日まち(じゅうにんちまち)」―酉(とり)の市と同じようだが、毎年、酉の日と関係なく12月12日に開かれる―など、何かにつけて参拝する話をよく聞いていた。
我が家は埼玉県志木市。荒川を挟んで東隣りがさいたま市。浦和のクリニックでも仕事をしているので、道はわかる。調神社には行った事がないが、だいたいの土地勘もある。坂は川の土手を越えるための坂くらいで、あまりない。往復で15キロ。自転車なら、大丈夫そうだな、と、選んだわけだ。
11月1日、出発。…何だかすぐ到着してしまった。拍子抜けするくらい近い。30分かかったかどうか。考えてみれば、自転車の速度は時速15~20㎞位はすぐに出る。
で、狛ウサギ。

そして、手水舎(ちょうずや。参拝の前に清める所)もこれ。

月の信仰と関係があるのだろう。で、月と言えばウサギ―というわけ。
何だか昔からのものじゃなくて今風のものなのかな、と、思ったが、狛ウサギの台座を見ると「萬延二年 辛酉(かのととり)三月」と、あるではないか。西暦1861年だから、間違いなく江戸時代のものだ。失礼しました。
11月11日、次の遠征。
私の家の前を流れる新河岸(しんがし)川の水を、荒川に放水するための水門、「朝霞(あさか)水門」を通り、荒川と隅田川を区切る東京都北区の岩渕(岩渕)水門を目指す。片道約16キロなので、前の倍の距離だ。
水門マニアというわけじゃない。この2つの水門の間は車が乗り入れず、サイクリング、ジョギングの人がとても多く走っているらしいと聞いて、試しに行こうと思い立ったわけだ。都内に出るのもここを経由すれば、交通量の多い車道を迂回できそうだし。

これが朝霞水門。この前を通り過ぎて左折。あとはひたすら荒川右岸を走り続けると、旧岩渕水門。

そして、今の岩渕水門。

見えるかな。水門の前を本格的なスタイルのサイクリストが走っているでしょう。こういった人たちのお気に入りのコースらしいのだ。
私としては、まっすぐで車も来なくて確かに走り易いが、右側に土手、左側の川はほとんど見えなくて、雑草か野球などのグランド、ゴルフ練習場等ばかりで、あまり面白くはなかったが、初めて東北新幹線などの下を通って、こんな所まで来られるんだなぁ、という達成感はあった。
ただ、初めての連続しての16kmは、力の配分がわからないせいもあってか、最初の10キロで足がつってしまった。トシには勝てない┓(´―`)┏
しかし、こんな事もあろうかと、筋肉の痙縮の特効薬「芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」をすぐに飲む。30分ほどですっかり改善し、その後は難なく走り続けられた。
帰りに気づいたが、こんな場所もあった。

河川敷の一画を生態園と名付けて、野鳥などの観察ができるようにしていた。この日も大きな望遠レンズを構えた人が、何人もいた。

11月15日、次の冒険。この11月は何故か休みも多く、4回も自転車旅行ができ、次々と距離を延ばす事になる。
今度目指したのは2か所のハシゴ。まずはさいたま市の「氷川女体神社」。浦和レッズの埼玉スタジアムに近い方で、家からの距離は約13キロ。同じさいたま市でも調神社の倍近い距離。でも、先の水門めぐりで少し遠乗りの感覚が理解できたために、今度は足がつるような事もなく、走る事が出来た。

あまり大きくはないが良い雰囲気の神社。大宮駅近くに「氷川神社」があって、そっちは男の神様のスサノオノミコトを祭っていて、こっちはその奥さんのクシナダヒメを祭っているらしい。なので、一対で一つの神社―という風に考えているらしい。
そのすぐ横の見沼氷川公園にはこんな像があった。

♪やーまだーのなーかの 一本足のかかし♪
っていう唱歌の発祥の地だというのだが、露出を変えた写真がこれ。

正直言って、コワイ。カカシの顔は「ヘノヘノモヘジ」が無難だ…。
周辺を少し散策してから、今度は北西に進む。車でも全く走った事がない道を走る。住宅街だったり川沿いだったり、スマホのナビは歩行者の設定でセットしてあるので、時に私の自転車ではつらいようなデコボコ道を示したりする。だから、ちょっとだけ遠回りをしながら11キロほどで、「鉄道博物館」に到着。ここも気になりながらも来る事がなかった場所。私以外に鉄道に関心のある家族はいないし、じゃ、一人で出掛けようかというと、電車でも車でも面倒な位置関係だし。

実物車両の多さにビックリ。
古い新幹線の操縦席にまで入れる。

昼食は、すぐ横を走る新幹線を見下ろしながら食事ができる館内のビューレストランで、「昭和の幻の洋食メニュー! 豚カツ乗せスパゲティ―ミートソース、ベロネーズ」なる物を頂く。

昔の寝台列車「ブルートレイン」の食堂車でも出されていた料理らしい。さすが、鉄博。
南下して帰宅した時点で、合計約39キロの旅であった。

11月1日に15キロ、11日に32キロ、そして15日には39キロを走り、だいぶ自信をつけた還暦男は、いよいよ東京の街中に向かう事にした。
11月29日、文京区に向けて出発。
11日に通った荒川右岸を走り15キロほどで新荒川大橋に出る。そこからは一般道を通って、まずは王子稲荷を目指す。ここは、落語「王子のキツネ」にも登場する神社で、毎年、大みそかになると、各地からキツネが集合するという伝説がある所。

本来の入り口は、平日は幼稚園の入り口として使われていて、神社には横から入る。
落語では、この近辺を通りがかった男が、女に化けている最中のキツネを見つける。で、だまされたフリをして、一緒に「扇屋」という料亭に上がり込み、さんざん飲み食いした挙げ句、キツネが酔って寝たところをそっと抜け出して、お代はあっち、と言い残して先に帰ってしまう。そのため、後に残されたキツネがさんざんな目に合う。
やり過ぎだと友達に言われた男、翌日わびに来るのだが、痛い目にあわされた狐は信じない。わびの品のぼたもちを巣穴に差し出し、子ギツネが食べようとするのを母ギツネが止める。「やめておき! 馬のフンかもしれないよ!」
その「扇屋」、今は料亭としては閉めたのだが、卵焼きだけは売っていて、以前、食べた事がある。かなり甘い印象だが、江戸時代からの店で、昔の事を考えたら、卵も砂糖も特別な高級品である。
庶民には手の届かなかった物かもしれない。
そんな事を思い出しながら参拝。
さらに近くの王子神社にも参拝してから飛鳥山公園の横を走り、まずは、旧古河庭園に。

門の上、緑の木の上に飛び出たイチョウが美しい。
ここは簡単に言うと昔の偉い人の屋敷跡。大正時代の庭園だそうだ。

見事な洋館。そして、見事な紅葉。

バラも有名で、紅葉とバラというあまり見た事のない景色もあった。

続いて、今回の最終目的地、六義園(りくぎえん)に。

ここは江戸時代の大名、柳沢吉保(やなぎさわよしやす)の下屋敷跡。吉保は川越藩主だった事もあるので、川越とも縁があり、江戸好きの私としては、見ておきたかった場所のひとつである。駒込駅から遠くないが、駒込にはまったく用事がないので来た事がなかった。
門を入って右側に自転車置き場もあり、こういう時は車よりずっと気楽である。
中は、やはり紅葉真っ盛り。外国人観光客も多かった。

池には冬の渡り鳥。そして、一列になって甲羅干しをしているカメもいた。

見事な、文字通りの紅葉。

そして、「江戸太神楽(だいかぐら)」の曲芸も披露されていた。

往復51.4キロ。初のフルマラソン越えは、足がつる事もなく無事に終えた。
フルマラソン越えといっても自転車なのだが、それにしても、生まれながらの虚弱体質で先天性うつ病だと思っていたのに、自分にこんな体力や気力があったとは、正直びっくりである。
自分のペースで移動し、面白そうな所で時間を潰し、体力を使ったのだからと高カロリーの物を食す言い訳まで獲得し、帰宅後のビールもうまく、言う事はない。
その後も走ってはいるが、この11月のように月に何回も、は、とてもじゃないが無理。
それでも、次はどこに行ってみようかな、と、考えるだけでも楽しい。
さて、いくつまで走れるか? 
また、良い写真が溜まったら、このコーナーを借りて紹介させて頂くかもしれない。
東京や埼玉近郊で、私が行けそうな魅力的な所があったら、ぜひ教えて下さいね(^_-)-☆

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