【レポート】農福連携 情報サイエンスカフェに参加して
5月26日、東京都千代田区の文部科学省旧庁舎で開かれた「平成29年度 第1回サイエンスカフェ 農業と障がい者福祉の協働の場を考える」に参加した。サイエンスカフェとは、専門家と一般の人がカフェのような自由な雰囲気の中で語り合うコミュニケーションの場のこと。この日のテーマは「農業と福祉」。会場には農業、社会福祉、企業、行政、メディア、学生など、さまざまな領域の人たちが集まった。講師はJA共済総合研究所主任研究員の濱田健司氏。今年3月に設立された全国農福連携推進協議会の会長も務め、農福連携の動向について今一番詳しい人物だ。濱田氏の話を中心にレポートする。
農福連携とは
農業は今、高齢化、後継者不足による慢性的な人手不足に悩まされている。それによる耕作放棄地も広がっている。一方、福祉の分野では、障害のある人の就労先が足りず、働ける場所があっても賃金が安いという課題がある。農福連携は、こうした農業と福祉のそれぞれが持つ課題をお互いの連携によって解決しようという試みだ。
昨年6月に閣議決定されたニッポン一億総活躍プランでは、「障害者、難病患者、がん患者等の活躍支援」の中に「農福連携の推進」が明記された。関係省庁も支援策を強化している。厚生労働省は、平成29年度に農福連携に関わる予算として前年度の倍額となる2億円を確保、福祉事業所への農業技術者派遣や農業に取り組む障害者就労施設によるマルシェ(市場)の開催などを支援する。農林水産省は農山漁村振興交付金106億円の中に農福連携を組み込み、都市農村共生・対流及び地域活性化対策として福祉農園整備などのハード面、人材教育などのソフト面を支援する。2020年を迎えるにあたって、国内の食料調達基準にも「障がい者が主体的に携わって生産された農産物」が盛り込まれた。
農業と福祉、両者が協業する場を求めて
わが国の障害者の数はおよそ860万人。これは障害者手帳の交付を受けたり、疾患を有している数だ。そのうち16歳~64歳は324万人いるが、働いている人の割合は約2割に過ぎない。
障害者雇用促進法により企業などで障害者の雇用促進がなされているものの、働く場所の多くは、就労訓練施設や作業所等の障害者就労支援事業所というのが現状だ。仕事は食品製造、機械製造の下請けなどが主で、1か月の平均賃金は約1万5千円。月の収入は3千円くらいという人も少なくない(1日あたり、ではない)。これに障害年金の6~8万円ほどを足しても、自立した生活を送るのは難しいのではないだろうか。
このように、障害者は働きたくても業種や職種が限られ、病気や心身の状態について理解が得られにくいため長く働けない場合も多く、安定して働ける場の確保が求められている。
一方、農業は機械化が進んだとはいえ、まだまだ手作業が必要な仕事が多い。従事者が高齢化し跡継ぎも少ない。耕作放棄地は増え続け、このままでは食料生産の場としてはもちろん、防災や環境・食の学びの場、地域のつながりの場としての農の機能までも失われることになりかねない。農業従事者の確保は「待ったなし」だ。
農福連携は、こうした農業と福祉、双方のニーズが合致して始まった。
障害のある人に経験と技量が必要な農作業をこなせるのか、という懸念はある。しかし、これに対して濱田氏は、「その人に応じた分かりやすい作業方法や、作業しやすい環境を整えることで十分可能」と話す。福祉サイドでは、職員も含め農業経験がない人もいるため、双方をつなぐコーディネーターや技術指導を行うサポーター等の役割を果たせる人がいると連携も進むという。
農福連携により期待される効果
障害者が農業現場に入ることで人手不足の解消が図れるのはもちろんだが、それ以外にもさまざまな効用をもたらすことが分かってきた。作業方法や環境改善による生産性の向上などもその良い例だ。
事例1
ネギの定植には、これまで経験豊富な農業従事者が、ひとつずつ素早く溝に植えていくという作業を行っていた。障害者にはこの熟練者の技術を同じレベルまで習得するのは難しいといわれ、当初は受け入れを断ったが、特別支援学校の教師から、生徒が学校で使う「したじき」を利用することが提案された。結果、複数の苗を並べ、一気に溝に押し込む方法に変え、これまでよりもはやく、きれいに定植できるようになり、生産性が向上した。
事例2
高齢の農業者のもとで、障害者が働き出したが、指導や作業を通じてコミュニケーションがとれるようになった結果、休みの日でも就労先の農業者のところに障害者が顔を出すようになった。これまで老夫婦だけの農業者の生活に、若い世代が入り交流が生まれ、生活にメリハリが出て、生活が明るくなり活動量も増えた。障害者の農業スキルも上がり、売り上げも上がってきたので、新しい農機具も購入し農地拡大にチャレンジしているという。
このほか、ファシリテーターの東京農工大の澁澤栄教授からも興味深い指摘があった。それは、農業の事故が減るのではないか、という話だ。農業の事故件数というのは、建設現場などと比較して、減らない傾向にある。大きな農機具や鋭利な刃物がついた草刈り機などでの作業が多いためか、重傷、死亡に至ることも少なくない。障害者が農業現場に入る場合は、こうした事故を未然に防ぐため、例えば農機具メーカーらの努力による安全装置の改善や、指導、作業マニュアルの整備、ICTを利用した作業管理などが期待される。
また、「心身のケアをしながら働く」障害者の医療的、福祉的視点が、農業の現場にとっては新しいものであり、それがもたらす良い効果が期待されているという。
一方、福祉サイドのメリットとしては、安定した職と収入が得られること以外にも、農作業をすること自体が運動となり、高いリハビリテーション効果が期待できる。農の生産現場を知ることで、食に対する関心も深まるなど、食や環境の学びの場にもなる。室内にこもっての単純作業ではなく、日のあたる場所で、季節の変化を肌で感じることは人間らしい営みでもある。
農福連携+α(アルファ)
農福連携は農業と福祉領域だけにとどまらず、+α(アルファ)の広がりを生み出すという。例えば、食・医・工・商などの農業以外の人たちが関わることによる+α(アルファ)がある。
また、福祉サイドの対象者も、“障害者”に限ったものではないという。障害者手帳および疾患を有している860万人に加え、要介護認定者は約620万人、難病患者は約93万人いる。これらを単純に合計するだけでも1,500万人を超える。このほかニート60万人、フリーター182万人、引きこもり70万人、生活保護受給者217万人を加えると2,000万人を超える。さらに、社会適応が難しく生きづらさを感じているグレーゾーンの人、シングルマザー、ホームレス、元受刑者などがいる。こうしてみると、働く機会に恵まれず、社会の中での助け合い、支え合いを必要とする人は相当数にのぼる。濱田氏はこうした人たちを「キョードー(協同、共同、協働、共働)する人々」と定義している。
農福連携は、地域の食・医・工・商に関わる人々やキョードーする人々を巻き込んで、農福連携+α(アルファ)として地域全体に広がる可能性をもっている。
農福連携の形態は、福祉事業所が農業生産法人を設立する、農業者が社会福祉法人を設立する、それぞれが提携する、企業が参入するなどいろいろな方法が考えられる。下請けではなく福祉サイドのキョードーする人々が主体となって、生産、加工、販売までを協力してやっていけるようになれば、当然収入も増加する。地域との交流が図れ、自分も地域の中で役割を担っているという存在価値を見出し、やりがいや幸福感にもつながるだろう。
農福連携における行政の役割と保健師
濱田氏によれば、農福連携の成否は、都道府県や市区町村などの自治体がどう動いていくかにかかっているという。
行政に期待される役割は多々ある。農業と福祉のマッチングの際には、間に行政が入りチェック機能を持つことで信頼度や安全度が上がる。また、「障害者に農業はできない」という誤解を解くための農業・福祉それぞれの分野に向けた啓発活動や、農福連携で作られた食品の消費者となる住民への情報提供の必要性も出てくる。
さらに、今後は農福連携+α(アルファ)として、林業、漁業などにも広がっていく可能性もあり、特に教育ファームといって酪農現場で食を学ぶカリキュラムなどは、学校の食育授業としての機会も増えることが予想される。単なる福祉事業所と農業者のつながりのみにとどまらず、教育委員会、農業委員会、農業公社やJA、農業改良普及センター、酪農等のその他農業関係者、林業関係者、特別支援学校など、多くの関係者を誰かがつないでいかなければならない。そうしたときに行政が担える役割は大きい。
医療保険が無かったころ、地域の大部分を占める農村では、当たり前のようにみんなで協力してそれぞれの役割を担ってきた。しかし社会の分業と効率化が進み、分断されてしまった人や地域が出てきてしまった。失われたものは何か、それぞれが持つ役割は何か、いのちとは何かをもう一度見詰め直し、それぞれが再びつながること、それが農福連携+α(アルファ)の大きな目的である。
一方、保健師の世界でも、業務分担制から地域担当制に戻そうという動きがある。分業が進むにしたがって、残念ながら「私たちの地域」「私たちの住民」がどこにいるか分からなくなってしまった保健師もいるからだ。こうして見ると、地域担当制の復活と農福連携の動きは無縁とは思えない。どちらも同じような方向を向き、深いところでつながっているのではないか。
農福連携+α(アルファ)では、将来的にはキョードーする人々の完全自立を目指しているという。自分たちで生産から加工、販売までを担えるようになれば、国の社会保障費の増加も抑えられる日がくるかもしれない。寿命を世界一伸ばした国が次にできることは、既成の社会の枠組みから外れても生活できる新しい仕組みをつくり、後に続く国に発信することである。全国農福連携推進協議会では、NOUFUKUブランドを高め、世界に商品とノウハウを輸出することも目標にしている。
・・・・・・これを、夢のような話だと思うだろうか?
しかし、これは今現実に動いている話だと濱田氏は言う。夢を実現させるために必要な人材は、すでに地域に多くいる。国、都道府県、市区町村の行政職員、農林漁業に携わる生産者、加工者、物流、販売、サービス業に関わる人、また所属にこだわらない個人など、ありとあらゆる人が、助けが必要な人のため、また、助けがいつか必要になる自分のために、農福連携+α(アルファ)の大きな波、うねりを作ろうとしている。
講演を聴き終えて
濱田氏の講演を聴き、この「地域づくり」に欠かせない職種の一つとして、地域保健編集部では、やはり保健師を挙げたい。これまで地域の課題を発見し、対象者に寄り添い、解決の道を自らの足と頭を使って切り開いてきた人たちだからだ。数々の事業を開拓してきた保健師こそ、この連携を成功させるカギを握っているはずだ。まずは自分の身近なところにいる「キョードーする人々」の声に耳を傾けることから始めてみてはいかがだろうか。
そして最後にもうひとつ。ノウフクの合言葉というのを、濱田氏に教えていただいた。
「ノウフク ワクワク!」――まずはつながる我々を含む当事者が楽しんで、ということらしい。
言われてみれば、農福連携+α(アルファ)の賛同者たちには、笑顔があふれている。
文:地域保健編集部ウェブ班 MATSU
リンク