地域共生社会フォーラム
2月26日、東京都千代田区の全国社会福祉協議会・灘尾ホールで「地域共生社会フォーラム」(主催=厚生労働省、全国社会福祉協議会)が開かれた。社会福祉協議会職員や福祉部署職員など約300人が参加し、各地の地域共生社会の実践を紹介するPRビデオのコンペや地域共生社会をテーマにしたシンポジウムが行われた。
かつてわが国では、地域の相互扶助や家族同士の助け合いなど、生活のさまざまな場面において支え合いの機能が存在したが、高齢化や人口減少が進むことで、地域の支え合いの基盤が弱まっている。一方、戦後の福祉制度は高齢や障害など分野別に整備されてきたが、近年は複合的な課題を抱えるケースが増え、従来の縦割りの制度では対応が難しくなってきている。
こうした社会状況を背景に、住民と行政が連携し地域に支え合いの関係をつくり、誰もが取りこぼされることなくいきいきと暮らせる地域共生社会の実現が言われるようになった。今年4月に施行される「地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」にも、地域共生社会実現に向けた記述が盛り込まれている。
地域共生社会のPRビデオのコンペ
フォーラムの開催にあたり、厚生労働省社会・援護局地域福祉課生活困窮者自立支援室の本後健室長は、「きょう参加している方はほんとが福祉関係だが、地域で活動するときには福祉だけでなくさまざまな分野とつながっている。そうした方々が集まり、地域共生社会の実現に向けエネルギーを結集し、共感を広げていくことがフォーラムの趣旨」と説明した。
前半では、地域共生社会の取り組みをまとめたPRビデオのコンペが行われた。ビデオは取り組みによる地域の変化を市民が見ても分かるように3分間にまとめたもの。今年度のモデル事業を実施している85自治体から募集した。56自治体が応募し、そこから有識者が11自治体を選考。最終選考でさらに5自治体に絞り、この日のコンペとなった。選考に当たっては、評価指標を「分かりやすさ」と「発展性」に置き、取り組みの内容ではなくPRビデオの出来を重視したという。本後室長は選考過程の様子について「作品はどれも創意工夫に富み、2度の選考はいずれも難航した」と明かした。
最終選考に残り、この日ビデオ発表をしたのは、江戸川区(東京都)、豊中市(大阪府)、たつの市(兵庫県)、彦根市(滋賀県)、豊田市(愛知県)の5自治体。
江戸川区は、地域のすべての住民が気軽に立ち寄り相談もできる「なごみの家」の取り組みを紹介した。そこは地域の福祉拠点であり、高齢者向けの催し、学習会、子ども食堂のほか、住民・医療・介護・ボランティア・警察・消防など関係者が参加して地域課題を検討する会議も開催している。現在は4か所だが、2025年までに15か所の設置を予定しているとのこと。ビデオは多くの区民に「なごみの家」に関わってもらうために作成したという。
豊中市のビデオでは、SOSを出せない住民に支援の手を届けるために展開した見守りローラー作戦、引きこもりを経験した若者たちが運営する買い物困難地域の店、地域で孤立しがちな定年退職後の男性たちの農園での野菜づくり・芋焼酎づくりなどが登場した。また、引きこもりを経験した若者たちが描いた漫画も紹介された。漫画のストーリーはアルコール依存で地域から排除されていた人が生活困窮者自立支援事業を使って就労につながり、地域住民に包摂されていくというもので、実話に基づいている。
たつの市は、市役所の地域包括支援課内に「ふくし総合相談窓口」を設置するビフォアーとアフターという構成で、地域の変化を映像とナレーションで表現した。ビデオが最終選考まで残ったことで市長にもPRできたという。今後は、ふくし相談窓口の出前講座の前に放映するなどの活用を考えているそうだ。
彦根市は、一見すると大きな問題がなく地域課題が見えにくい中で「いつか誰かがやってくれる」という住民の意識があったという。困り事を抱える人に対して「自分たちが何かできるのではないか」と思ってもらうことを狙って、ビデオを制作した。映像ではフードバンクの取り組みなどが紹介された。
豊田市のビデオにはナレーションがなく、地域共生社会の取り組みによる変化をまちの映像とキャプション(説明の言葉)、BGMだけで表現した。ビデオは市と社会福祉協議会の連携で制作した。ビデオ作りの中で、住民の「充実してきた」「すごく助かる」などの率直なコメントをもらえ、住民と一緒に考えられるという手応えを得られたのが収穫だという。
会場の参加者による投票の結果、優勝は豊田市に決まった。主催者側によれば、投票結果はどれも僅差であったという。豊田市はビデオのプレゼンテーションで5自治体中最後の発表となり「前の4つの自治体のビデオはすごい。それに比べると……」と遠慮がちなコメントを発していたが、地域共生社会のあり方を模索する初々しさが会場の共感を呼んだのかもしれない。
シンポジウム「地域共生社会の実現に向けて」
後半のシンポジウム「地域共生社会の実現に向けて」では、迫田朋子(元NHK製作局文化・福祉番組部エグゼクティブディレクター)、村木厚子(元厚生労働事務次官、津田塾大学総合政策学部客員教授)、山崎亮(株式会社山崎亮事務所代表取締役)、本後健の各氏がシンポジストとして登壇した。司会は湯浅誠氏(社会活動家、法政大学教授)が務めた。
コミュニティデザインを手がけるデザイナーの山崎氏は「地域共生社会というと、どうしても『恵まれない人たちに愛の手を』のように見えてしまう。そうではなく、イケメンがいるからやってみようというようなことから入ってもいい」と述べ、議論の口火を切った。村木氏も同様に「身構えずに、気持ち悪くない、心地よい地域共生社会を目指すのがよいのではないか」と自然体を強調した。
湯浅氏はさらに踏み込んで、「本音を言うと、みんな『支援される』という言葉は嫌いなのだ。そのことをはっきりさせないと、地域共生の話はできないと思う」と持論を開陳。迫田氏も「地域共生社会というのを上から言われるのが嫌というのがすごくあると思う」と話した上で、「地域共生社会をみんなで考えるということでは、弱者も一般人も同じように経験する災害・防災がひとつの機会になるのではないか」と提言した。
山崎氏の会社ではコミュニティデザインをするときに、最初に世界中から面白いと思う事例を100事例集め、そこから絞り込み練り上げていくという。その上で、「一見、福祉と関係ないような面白いプロジェクトを頭に入れ、目利きになり、地域住民の言っていることの玉石を見分けられることが大切」だと強調した。デザイナーという感覚的に見える仕事が実は理詰めで進んでいるとあって、他のシンポジストたちからは驚きの声が上がった。
湯浅氏は、そもそも地域共生社会は「制度」と親和性があるのか、という根本的な問いを投げ掛けた。例えば型破りな面白い発想や活動があっても「それのどこが福祉になるのか?」「住民の役に立つのか?」など、さまざまな指摘を受けて、しだいに発想が狭められていくのが行政の常。その結果、「発想が広がらない」と嘆くことになる。地域共生社会では、それを変えていくことができるのか――。
迫田氏はNHK時代の経験から「○○モデルなど、成功事例が制度化したとたんに壊れていく例を取材を通してたくさん見てきた。全国展開の制度になると、さまざまな条件が付くためだ」と指摘した。山崎氏は「制度を思いもよらぬ方向に使いこなしてしまう英知を基礎自治体が持てるかどうか。霞ヶ関は自分たちが思っている通りに制度が使われていないことを了解した上で、現場の動きを容認するような目配せができるかどうかだ」と、一歩踏み込んだ意見を述べた。村木氏は「制度にしてよいものと、してはいけないのがあり、それを見極めていくことが大切」とした上で、「実はいろいろな分野で、制度破りから始まり発展してきた制度はたくさんある。現場で生まれたもので『制度にすべき』と思ったものは制度にしてしまえばよい。現場でつくることが先行するほうが、いろいろなものが生まれやすいと思う」と話した。こうしたシンポジストたちの話を受けて、司会の湯浅氏は、制度に紐づいた国の予算を現場の判断で制度破りのように大胆に使ってしまうことに賛成か反対か、会場の参加者に聞いた。結果は、予想に反して賛意を示した人がかなりの数に上った。
今回のフォーラムは、湯浅氏のように行政職ではない人が進行を務め、民間人がシンポジストの大部分を占めたこともあり、主催が厚労省であるにもかかわらず、終始“厚労省らしくない雰囲気”に包まれた。地域共生社会の実現には、行政らしくないことを行政がどこまで認めるかがカギを握っているのかもしれない。