WEB連載

フランスの親子まるごと支援

第3回

子どもにとっての関心実現のために「最初の1000日」-妊娠4か月から2歳まで

子どもの権利条約第3条「子どもにとっての関心(最善の利益)」と「子どもの声を聞く」はイコールではない。子どもの声を聞くことは基本であり、子どもが話し、望みを表現できるための条件を用意することに専門職の力量が問われる。けれど、聞いたらそのままそれを実現すればいいというわけではない。子どもにとってより良い成長のための知識を専門職は習得してきている。専門職としての知識をもとに、子どもの声を聞いた上で、子どもにとっての関心を子どもと一緒に実現していくことが求められていると言える。
では、専門職の知識として、どのような情報のアップデートがなされ、どのように子どもにとっての関心を実現できるよう現場で工夫されているだろう。2回にわたり、近年フランスで母子保健の土台となっている「最初の1000日」について紹介する。
ユニセフは2010年より「最初の1000日(The First 1000 Days)」を打ち出し、「栄養とケアが子どもの健康と可能性に先々まで影響を及ぼす時期である」と複数の研究分野からの科学的研究結果を紹介している。それをもとにWHOおよび各国は、それぞれの国における「最初の1000日」の課題と改善点を掲げ、現場の取り組みの発展につなげている。1つの視点が示されたことで、現在行われている実践での不足に気づく機会となった。
フランスにおいても保健省内に「最初の1000日担当」が置かれ、現場専門職たちは主にユネスコが主催した勉強会に参加した。専門部署を設けることの効果は、全国で運用されているか監視し全国からの問い合わせにも対応できることである。そのようにして「絵に描いた餅」にならないように工夫している。ユネスコはフランスの代表である社会問題事務総局「最初の1000日ディレクター」と、カナダの代表「幼少期観察機関ディレクター」を両国のイノベーションを紹介する勉強会としても開催している。
フランスにおける「最初の1000日」は、もともと子ども家庭福祉の中心概念である「親をすることへの支援」の流れに含まれる。

もくじ
「最初の1000日」-フランスでの意義

「最初の1000日」の視点は、妊娠4か月から2歳までの栄養と環境が子どもの生涯に影響するというものだが、フランスは環境である社会面・心理面に特に注目している。WHOの健康の定義は「健康というものは身体的、心理的、社会的ウェルビーイングが揃う包括的な状態であり、病気がないということではない」としており、心理的、社会的ウェルビーイングも含むと明記している。
フランスの保健省による「最初の1000日」は2020年に公開された。より良い環境で子どもたちの能力が「開花」することを目指している。また、フランスは平等を掲げている国であるため、平等が保障されているかを確認する指標にもなった。国の委員会は脳精神科医のボリス・シリュルニクが率いるエキスパート18人で構成されていて、報告書の執筆には教育、ソーシャルワーク、保育、周産期支援の専門家が参加している。国の報告書を著名な研究者に実名で書かせることで、研究者がさまざまな機会に報告書の話をするので、報告書が公開された際は広く知られる効果がある。また、研究者たちが不足を批判的・集中的に指摘するので、国にとっては改革へのプレッシャーとなる。

フランスの「最初の1000日」委員会を率いた
脳精神科医ボリス・シリュルニク
「要約すると、子どもを1000日間愛するというのは政策として安くつく」
「将来、心が千々に砕けることを防ぐから」(絵:パボ)

報告書が実務者に楽しみにされ、読まれることの効果は大きい。それは、それぞれの職場において一人一人が自身の仕事の中でもっと工夫できる点、不足があると感じる点を認識し、話し合い、改善につなげる動きとなるからである。そのために理解しやすい記述と面白く読ませる努力は必須である。この報告書はフランスでは外国人となる筆者でもストレスなく読めるように書かれている。そして、社会に向けても広く認識が行き渡るよう、テレビやラジオなどのメディアに積極的に発信することが報告書の目的に書かれていて、実行されていたことも注目すべき点である。
フランスの「最初の1000日」報告書は125ページからなり、章ごとに次のようなタイトルがつけられている。「子どもの認知と愛情面での成長には、子どもが周りの人とやりとりをすることが重要」「健康的な生活と環境が人生全体の健康とより良い成長の土台となる」「パートナー間暴力や日常における暴力は教育と同様に新生児や乳幼児の発達に影響がある」「健康に関する情報提供は公的健康として家族や専門職のみならず社会全体に周知されなければならない」。
報告書には、子どもたちの健康と成長を保障することは、親たち、市民全体、そして明日の社会への具体的なアクションであるとされており、特に重要な点として以下が記されている。
子どもにとっては大人たちが必要なときそばにいて、ニーズに適した対応をしてくれると分かっていれば、自由に世の中を冒険することができる。子どもにとって胎内にいるときから言葉が非常に重要であり、人々との関わりの中で自分の話を聞いてもらい、励まされていると感じることが成長において一番効果がある。音楽やさまざまなアクティビティを一緒にすることが子どものポジティブな感情の源になる。妊娠4か月からのサポートが不平等への戦いであり、社会全体で共有することで子どもたちの育つ環境条件、親たちが育児する条件を整えることになる。重要な点は時間に余裕があること。親たちが子どもと関係性を築くための時間、子どもに反応を示す時間、子どもと一緒に世の中を探検していく時間。単に食事や着替えを手伝えばいいだけではなく、両親それぞれが子どもとゆっくりとした静かな時間を共有できることが大事である。親としての時間と個人としての時間とプロフェッショナルとしての時間がそれぞれあること。専門職にとっても親たちの話を聞く時間があり、サポートをコーディネートし、一緒に歩く時間があること。

フランスの「最初の1000日」-主要ポイント

子どもの脳の発達が一番さかんなのは胎内にいるとき。生まれたときの人間の脳の重さは約400gで、大人になると約1400gまで成長する。特に2歳までが重要であり、妊娠中からの教育的関わりや環境は子どもの成長に大きな影響がある。
妊娠中からの言葉は重用である。人間は胎内にいるときから言葉を聞くことで、世の中に対する認識や自己と他者の認識が育つ。子どもの好奇心に周りの大人たちは積極的に反応することが大事。赤ちゃんを取り巻く世界について言葉で説明することで、赤ちゃんはそれを理解することができる。3歳では1000語を理解し、5歳では1万語を理解する。語彙が豊かで、ポジティブな伝え方がされれば、より言語の発達は促進される。言語による刺激の少ない環境で育った子どもは学校で理解力に悪影響が出る。読書により、より語彙やコンセプトが豊かになる。絵本を読んでもらって育った子どもと、絵本を読んでもらわなかった子どもには15歳時点での理解力に大きな差があることも分かっている。

医者「信じられない! 子どもは愛されたら調子が良くなる!!」
子ども「医療は進歩してる感じがするね。やっとエデュケーターのレベルに追いついてきてるかも」(絵:パボ)

社会的、感情的、認識的学びは子どもを取り巻く大人との関わりで行われる。大人が子どもに説明し笑いかけると、社会と関わることに対するポジティブな意欲が育ち、子どもの安心なコミュニケーションの土台になる。赤ちゃんは迅速に、温かく、ニーズに適した形で反応してくれる大人との間に愛着を形成する。この対応が、子どもにとって生涯にわたる愛着や社会的関係性を築く。赤ちゃんのときの社会的能力が認知の発達、冒険心と、学習の土台になる。
画面(テレビ、タブレット、学習タブレット、ゲーム、パソコン)は大人とのやりとりの代わりにはならない。乳幼児期の遊びは冒険心、想像力、計画力、協働力を育てる。画面を見ることや学校によるプレッシャーは、好奇心、行動力、子どもの間の社会的遊びの習得には役立たない。画面はさらに、寝起き、就寝前、食事中、子どもが言うことを聞かないときに見せると悪影響が大きい。画面は子どもに大きな刺激を与え、たくさんの情報を処理させるため、継続的な注意を要する。子どもを静かにさせるために画面を使うことは、子どもが自分の感情を自分で調整する力の発達を阻害する。画面を見て過ごす時間は、子どもの育ちにとって大事なコミュニケーションの時間でも、運動能力を高める時間でも、遊びでもない。子どもたちの育つ環境を整えることが子どもの知性を育てる鍵となる。
自然の中で過ごすことは学習にとって効果があり、集中力、ストレス低下、喜びと意欲を高める。身体を動かすアクティビティは自己調整力、注意力を伸ばすことに効果的である。文化やアート活動へのアクセス不平等を解消するため、文化的空間(展覧会、美術館、演劇など)に家族が受け入れられやすいよう政策としてオーガナイズする必要がある。
睡眠は健康と身体的、感情的、認知的な成長にとって重要であり、学習にとっての土台ともなる。言葉の学習は昼寝や就寝によって定着する。決まった時間に寝ることが重要であり、寝る時間がまちまちであることは先々まで行動トラブル、学習トラブルを引き起こす。親の疲れやストレスにも関わるので親の睡眠の確保も重要である。家族のサポートに入るときには、まず、睡眠の時間と長さが一定であることを確保することから始める。
アルコールや薬や環境の毒素は脳の発達に影響がある。職業医に仕事環境で妊娠中に影響するものがないか確認する。
母乳の有無は母の選択によらなければならない。重要なのは、授乳やミルクや食事の時間は、その時間をともにする人とのやりとりのひとときとすることである。
妊娠期と産後のうつはフランスでは全体の約10~15%の女性が経験していて、父や共同養育者も経験していることが分かっている。しかしフランスでは経験者の半数しかサポートのサービスを利用していない。妊娠中や産後のうつは子どもの成長に特に影響があり、先々心理面、愛情面でバランスを崩したり、関係面での難しさを引き起こしたりする。母や父がうつ状態のとき、子どもとのやりとりは消極的になるため、ケアとサポートが十分ない場合、子どもは行動トラブルや学習トラブル、うつのリスクが高まる。母と父のうつ状態がないか早期発見する必要がある。

過去一年以内にパートナーからの暴力を経験した女性は、フランスでは全体の約10%にのぼるという調査結果がある。女性が経験する暴力において妊娠中と産後はリスクが非常に高い。子どもは胎児のときにトラウマを経験していることがある。暴力を受けた母の胎内の生理的環境に影響を及ぼす。暴力がある環境で育つことは、直接目撃しない場合も、ストレスを感じるため、被害者となる。ストレスは、難しい状況に合わせて感情と関係性と生理的な調節能力を酷使することで感じるものであり、強いストレスが繰り返されると脳の構造に影響する。ニューロンとシナプスの長期的な発達に影響し、行動、認知、関係性や愛情面に影響する。長期にわたって心理的病理のリスクを高める。暴力は乳幼児に不安やうつ症状の苦しみを与え、先々の影響としても、フラストレーションに耐えられない、攻撃的、自閉的、受動的、おとなしくて内気、大人を信じない、将来への不安、アタッチメントのトラブル、関係性においての不安感、頼りにしている人と離れることの不安感などの症状として表れる。暴力にさらされた子どもは自分の感情を自分で理解することが難しく、その結果、関係性構築に難しさがあり、争いごとやトラブルの解決、社会的なやりとりにおいて暴力的だったり攻撃的だったりするリスクがある。子ども時代に暴力を経験した人は、その後の人生でパートナー間暴力の被害に遭う可能性が、そうでない人と比べて3倍高い。人生に長い間、心理面、愛情面での後遺症や心理的トラブルを残す。

教育虐待とは「優しくない」「悪い子」「置いていくよ」など子どもの価値を落としめるような表現や脅しなどである。これは子どもの学ぶ能力にネガティブな影響を及ぼす。学校や仕事で成功するには自尊心と自分を信頼している気持ちが高いことが非常に大きな要因であることが明らかになっている中、教育虐待はマイナスに作用する。
規範をつくることも同時に重要である。テレビなどのメディアでも妊娠中から産後の子どもへの影響について十分情報提供がされること、子どもと家族が過ごしやすい街のつくり、文化的空間(演劇や音楽や美術館)が親子を受け入れることなども同時に進めるべきである。

【ピアサポート万歳】
「最初の1000日はたいしたことないよ」
「恐怖は千夜一夜(夜)の方だから……」

「最初の1000日」-実践における活用

例えば言語について、フランスで義務教育が6歳からだったのを3歳に引き下げたのは、6歳時点で子どもによって語彙数に大きな差があり、その差が義務教育終了までに埋まらず、教育が平等を叶えるものになっていないということが分かったからだった。刺激の少ない環境で育つ子どもには2歳からの入学を勧めている。
報告書では理由や根拠を示し、各省庁が具体的な方針を示す。例えば画面(テレビ、タブレット、学習用タブレット、ゲーム、パソコン、携帯電話)について教育省のホームページには以下のように書かれている。

実際に親子支援の現場でも画面にまつわる親子間の喧嘩は実に多い。朝からゲームをしていて学校に行くのが遅れる子どもや、週末に一日中テレビがつけっぱなしの家もある。上記のように方針が明確に示されることで、目安が決まるのでそれ以上の親子間の交渉は必要なくなり、具体的な話し合いができるようになる。週末テレビの前で過ごすより他の活動をするようにしたいが、親が体調が悪く子どもを連れ出せない場合などに、どのようなサービスを利用することができるかといった話ができるようになるのだ。「サービスが十分になくニーズに応える方法がないからつくる必要がある」と気づき福祉を発展させる機会にもなる。

「最初の1000日」などの報告書によって国際的な指標を示すことで、リスク以前の予防的活動を行う根拠となり、正当性を与える。つまり、専門職にとっては活動しやすくなり、指標が明示されることで不足について気づき改善する機会にもなる。家族との関わりの中では、科学的調査結果があることで改めて話す機会になる。
「子どもの声を聞く」方法を身につけた上で「子どもにとっての関心」を実現できるよう科学的な知識をもとに、相手とより良い方法を探す。支援はハウツーではない。選ばれる支援者として選ばれる支援を相手と築き続けられるようにするプロセスそのものである。

最後に、 フランスの福祉で使われている言葉は日本語とかなり違うので紹介したい。

次回は、「最初の1000日」をもとにした連携の工夫について紹介する。


このテーマに関連した、フランスで使われているツール(日本語訳済み・無料)

安發明子公式サイトでPDF版を公開しています。ダウンロードしてお使いください。
https://akikoawa.com/useful-links/

●妊娠期・産後の支援体制

●新生児と乳幼児 苦しみのサイン:いくつかの手がかり


参考リンク

●フランス「最初の1000日報告書-すべてがここから始まる」
 2020年9月 最初の1000日委員会による報告
 https://sante.gouv.fr/IMG/pdf/rapport-1000-premiers-jours.pdf

●フランス教育省「画面を安全に使用するには?」
 https://www.education.gouv.fr/comment-utiliser-le-numerique-en-toute-securite-323771

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著者
安發明子(あわ・あきこ)フランス子ども家庭福祉研究者
1981年鹿児島生まれ。2005年一橋大学社会学部卒、首都圏で生活保護ワーカーとして働いた後2011年渡仏。2018年フランス国立社会科学高等研究院健康社会政策学修士、2019年フランス国立社会科学高等研究院社会学修士。フランスの子ども家庭福祉分野の調査をしながら日本へ発信を続けている。全ての子どもたちが幸せな子ども時代を過ごし、チャンスがある社会を目指して活動中。

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