なな先生のことばの発達教室
第2回ことばの相談「様子をみましょう」でいいの?
「様子をみましょう」は、議論を呼ぶフレーズです。確かに、お子さんの成長・発達すべてを予測することは誰にもできませんし、ゆっくりと時間を経て状況が明らかになっていく相談ごともあります。ですが、お子さんのことが心配で相談される保護者の方は、「様子をみましょう」だけではなく、今わかること、今できることを知りたくていらしてくださっているはず。なにかひとつでも多くのヒントをお渡しできればと思いながら、私自身も日々の臨床に取り組んでいます。
今回は、「ことばの遅れ」の相談に対して、様子をみてもよいのか、“様子をみる”以外にはなにがあるのか、考えてみたいと思います。
「様子をみる」その前に、必ず耳のきこえ(聴力)の確認を!
「声かけに反応があまり返ってきません」「ことばをお話ししません」「やり取りが成立しづらいです」「ことばが不明瞭です」などのご相談。ことばの発達には個人差があると聞きますが、何歳まで様子をみてもよいですか? と聞かれます。それをお答えする前に、お子さんのきこえは確認されたでしょうか? 音声言語(声で話すことば)でことばかけをしているご家庭では、ことばのほとんどは耳から入力(インプット)されます。聴力の検査にはABRのように0歳台から実施可能なものがあります。新生児の時点でわかる難聴のほか、進行性の難聴や感染症などにより、後から難聴になることもあります。片耳だけきこえない一側性難聴などでは音に反応するので充分にきこえていると誤解されてしまうこともあります。ことばが気になるお子さんにはきこえの検査、と、ピンと来てもらえたらと思います。
“ことば以外"は遅れていないからOK?
1~3歳台の「ことばの遅れ」が主訴のお子さん。「発語は少ないけれど、ことばは理解しているから大丈夫」「対人コミュニケーションには問題なさそうなので様子をみましょう」「知的な遅れはなさそうだからそのうちことばは出るでしょう」これらの判断についてはどうでしょう。「言語理解」「対人コミュニケーション」「知的発達・認知発達」などの苦手・遅れが支援者の目からみて明らかと思われる場合、自閉スペクトラム症などの発達障害や知的障害の可能性を考慮して、療育的支援に繋ぐ対応になるかと思います。一方で、それらがみあたらずに「ことばの遅れ」だけが気になる、というお子さんに対しては、健診などでは上述のように、「様子をみましょう」とされることが多いのではと思います。
アメリカなどの英語圏では研究がさかんな、「レイトトーカー(話しはじめが遅い子)」という概念があります。2歳台で表出語彙が50語以下、2語文が少ないなどのお子さんのことを指します。田中ら(2023)によれば、「レイトトーカー」の言語発達の経過を観察したところ、キャッチアップする(周囲に追いつく)お子さんも大勢いらっしゃいますが、20~30%のお子さんで5歳台以降もことばの遅れが続いたとのことです。この調査に基づき、著者らは、「レイトトーカー」に該当するお子さんに対して、ご家庭での丁寧なことばの関わりをご提案する、期間を開けながら定期的なフォローアップを行う、などの具体的な取り組みを提案しています。
〈2歳~3歳台で、「レイトトーカー」かどうかの判断に用いる項目〉*
- ・話している語彙の数が少ない(50語以下)
- ・2語文がほとんどない
- ・日常生活では理解に問題がない
- ・知的な発達の遅れがない
- ・対人コミュニケーションに問題がない
* 『レイトトーカーの理解と支援』, 田中裕美子編著 遠藤俊介、金屋麻衣 著, 学苑社, 2023より、平易な表現に改変
現在の発達支援の受け皿の少なさ、特に言語発達やコミュニケーションに関連する支援者の極端な不足のなかで、本連載にて話題として取り上げることで、いたずらに不安を煽ってしまうのではないかと心配な気持ちも正直あります。ですが、ことばの獲得は、学齢期の学ぶ力にもつながっていきます。周囲から学力不振・成績不良とみなされているお子さんの一部に、幼児期からの軽微な「ことばの遅れ」が見過ごされているケースがあります。
こうしたお子さんに対しては、「様子をみる」と「本格的な直接介入や指導をする」の中間的な対応である、「丁寧な関わり」を家庭・園・学校など普段過ごしている場でご提案していく、間接支援の取り組みが必要と考えます(図1)。
発音・滑舌は何歳まで様子をみる?
サ行やカ行が言えないといった発音(構音)に関する相談では、「様子をみましょう」の対応でもよいことがあります。発音の完成時期は、平均的に5~6歳台。2~3歳頃の話しはじめの時期に、「おさかなさん」が「おたかなたん」のように、正確な発音ができないのは言ってしまえば当たり前のこと。なので、あまり気にする必要はありません。ただし、そのためには、2つの確認が必要です。
ひとつめは、すでにご説明の通り、耳のきこえです。挙手やボタン式の聴力検査が可能なお子さんは地域の耳鼻咽喉科で、難しい場合には少し大きめの大学病院や小児専門医で聴力検査を受けましょう。地域のろう学校(聴覚特別支援学校)が乳幼児相談を受け付けていることもあります。
ふたつめは、声を出したり喋ったりする発声発語器官の形態に異常がないかの確認です。特にお子さんに多く、発音の獲得に影響しやすいものには、口唇口蓋裂や粘膜下口蓋裂、舌小帯短縮症があります。医学的な治療が必要になるケースがあるため、小児科、耳鼻科、歯科などで確認してもらいましょう。そのほか、慢性鼻炎などで口呼吸で過ごしていると、舌や顎の骨格・筋肉の成長、歯並び、噛み合わせに影響することがあり、間接的に滑舌にも関係があるようです。
以上の2点を確認した上で、特に問題がみあたらないお子さんであれば、年長さんの夏ごろまで発音への介入は様子見となります。もし、5~6歳以降にもサ行やカ行が言えない場合には、言語聴覚士または小学校の通級指導学級である「きこえとことばの教室」に相談し、練習をはじめることができます。
発音相談をきっかけにみつかる困りごと
発音の相談をきっかけに、見過ごされやすい発達の困りごとがみつかることもあります。 ひとつめが、音を頭のなかでイメージしたり並べたりする、「音韻意識」の弱さです。カ行やサ行といった特定の音が言えないだけではなく、お喋りのなかでさまざまな音が不明瞭であったり、1音ずつ単音では言えるのにことばとして並べたときには別の音に置き換わってしまう、といった様子がみられます(例:「食べる」が「ぱべる」「たでる」、「パトカー」が「タコパ―」「カトパー」など)。こちらの音韻意識の未発達による誤りも、2歳台や3歳台のことばを話しはじめのお子さんには頻繁にみられるものです。ただし、4歳以降にも音の言い誤りが多く残っている、音の取り違えやひっくり返りが多く不明瞭になり、会話の妨げとなってしまう、などであれば、言語聴覚士に相談いただければと思います。音韻意識の弱さは、読み書きの苦手(発達性読み書き障害)と関連が深いとされています。
もうひとつが、協調運動の苦手さ、不器用さです。発音・滑舌は音韻意識の発達ともうひとつ、協調運動の発達にも支えられています(図2)。
運動には、歩いたり走ったりジャンプしたりといった大きな運動(粗大運動)、ボタンを留めたり袋の口を縛ったりの手先を使う細かな運動(微細運動)があります。ことばの音を何種類も出し分けたり、ふたつ以上の音同士をなめらかに繋いだりする「喋ること」も、お喋りを行う発声発語器官の運動と言えます。それも、かなり繊細・複雑かつ複数の身体器官を協調させながら行う運動です。運動の不器用さが滑舌のたどたどしさに結びついているケースもあります。
いつまでに・なんの様子をみるか
ことばの相談にまつわる「様子をみるべきかどうか」を巡ってお話をすすめてまいりました。
「すぐに対応や介入を開始する」「特になにもしない」のほか、期限や条件を決めて「○○○○となったら、相談支援を開始する」、特定の目的を設定して定期的にお会いしていく(経過観察)など、さまざまであることが伝わればと思います。すべての相談が積極介入となるわけではなく、ときに適切に「様子をみる」判断を行うこともまた、支援者の責務です。その際には、「いつまでに」「なんの」様子をみるかを相談者と必ず確認し、どのようなときには相談支援に繋がってほしい、という点と併せてお伝えいただけると心強いです。
【参考文献】
- ・『レイトトーカーの理解と支援』, 田中裕美子編著 遠藤俊介、金屋麻衣 著, 学苑社, 2023
- ・『地域保健2022年11月号』 なな先生のことばの発達教室 「第4回 3歳でサ行が言えない! 発音練習を始めるべき?」, 東京法規出版