なな先生のことばの発達教室
第4回
ことば掛けが少ない無口な親御さん、お子さんへの関わり方をどう助言すればよい?
先日、本連載をきっかけに保健師さん向け講演会の講師をご依頼いただき、ことばの発達や相談、保護者の対応を考えるというテーマでお話しました。そのなかで特に印象に残ったご質問がありましたので、ご紹介したいと思います。
「無口な親御さんに、もっとことば掛けをしてもらうにはどうしたらいいでしょうか?」というご質問
「ことばの発達がゆっくりなお子さんについて。親御さんが無口なタイプで、お子さんにあまり話しかけていない様子が気になります。親御さんにどのように助言したらよいでしょうか?」と、保健師さんからご質問を受けました。ことばの発達は生得的な素質と環境の相互作用。言語獲得のためには、言語環境が得られること、つまりは周囲でことばが話されていることが必要です。もちろん周囲からのことば掛けも、大切な言語環境のひとつです。ただしそれは、「無口な養育者のもとでは、ことばの獲得・発達が不利」ということとは違います。世界中には口数が少ない養育者はたくさんいますし、口数が少ない子どももたくさんいます。ですが、そうした子らがすなわち「ことばの遅れがある子」かといえばそういう訳ではありません。ことばの発達・獲得の状況は、口数の多寡とは別の軸でとらえる必要があります(*注1)。
よく、「ことばのシャワーを浴びせましょう」というアドバイスを聞きますが、実はことばの発達を支援する言語聴覚士として、私はこの表現をあまり使いません(*注2)。不用意に保護者へのプレッシャーを与える必要は無いと考えるのが理由の一つです。もう一つは、言語聴覚士が大切にしている関わり方は、「ことばのシャワー」の与えるイメージとはむしろ逆であることが多いからです。「ことばの遅れ」の相談では、①ことば掛けを厳選する、②言語ではなく非言語(ノンバーバル・コミュニケーション)を重視する、③一方的なことば掛けではなく双方向であることや相互性があること(ターン・テイキング)を重視する、などをお伝えします。
<ことばの関わりで大切にしていること>
①ことば掛けを厳選する
②言語ではなく非言語(ノンバーバル・コミュニケーション)を重視する
ことば掛けを厳選する
「積極的にことばを掛ける」とはむしろ逆の助言であることに驚いた方もいらっしゃるかもしれません。ことばを掛ければ掛けるほど、ことばが出るのでしょうか? もちろんそうしたお子さんもいるでしょうが、もし、ことばを受け取る力が弱いお子さんに対してことば掛けを増やすという対応を取ったら? ……よかれと思ってのせっかくのことば掛けですが、ただのノイズ(雑音)になってしまうこともあるかもしれません。「シャワー」と表現すると、一方的に浴びせるイメージですが、どんなことを話しかけるか?という視点も大切にできたらと思います。つまりは、お子さんが理解しやすい表現や文、話しかけ方で話しかけたいと思います。そのためにはまず、お子さんの理解力や刺激を受け取る力について想像力を巡らせることからはじめましょう。
言語聴覚士は言語検査を使って理解力を調べますが、その前には必ず普段の様子をよく観察することから始めます。「ここで靴を脱ごうね」などの指示に応じられる? ことばだけじゃなくて周りをお手本にしたり、状況を手がかりにしたりしている? などの細やかな観察のひとつひとつが、アセスメントの手がかりです。アセスメントが進んだら、こんな表現を使ってこのくらいの長さの文で話しかけたら理解できるだろうな、といった具合で、どんなことばを掛けるかを調整していきます。背景のざわざわした環境音から必要なことば掛けの声だけを取り出して聞くのが難しいお子さん、注意を向け集中できる瞬間が限られているお子さんもいます。配慮が必要な場合には、周囲の騒音が少ない環境下で、こちらに注目したタイミングで、という点にも気をつけてみましょう。
言語ではなく非言語(ノンバーバル・コミュニケーション)を重視する
近年では、ことばの発達・獲得には周囲の言語環境だけでなく、ことばに付随して行われているさまざまなコミュニケーションが重要であることも分かってきています。ノンバーバル・コミュニケーションと呼ばれるもので、視線や身体の動き、身振り、物の受け渡し、声を出す、顔の表情を見せ合うなど、まだ言葉を発しないお子さんであっても、周囲のはたらきかけにより、ことば以外のコミュニケーションを活発にしていくことが大切です。また、抱っこやハグ、ハイタッチ、手つなぎなどの肌の触れ合いや、腕や手を取ってやさしく他動的に動かしてあげることも、ノンバーバル・コミュニケーションです。ノンバーバル・コミュニケーションに相手の込めた意図や特定の意味があることの理解が進んでいくと、ことばを理解する大きな手がかりになり、自らことばを発する動機も生まれていきます。
もし、ことば掛けに対して注意が向かわず、ことばが入っていかず、言語理解力が伸びていかない、という様子なのであれば、ことば掛けの量を闇雲に増やすのではなく、触れて(触覚)、見せて(視覚)、それからことばを掛けて(聴覚)と、今現在、一番受け取りやすい入力の方法や順序について考えてみることが役立つかもしれません。
一方的なことば掛けではなく双方向であることや相互性があること(ターン・テイキング)を重視する
発達心理学には、「ターン・テイキング」という用語があります。会話をするとき、私たちは自分が話す番、相手が話す番、と、お互いの話す順番(ターン)を交互にバトンタッチしながらやり取りを行います。ターン・テイキングは日本語では話者交代と訳されますが、さきほど説明した通り、コミュニケーションは話すことだけには限りません。お互いにはたらきかけてコミュニケーションを成立させる際の、ターンの交代、順番交代のことだと理解していただければと思います。初めてのことば(初語)を話すよりも前から、このターン・テイキングが多くの赤ちゃんで見られることが指摘されています。たとえば授乳のときに、赤ちゃんはおっぱいやミルクを飲むことを時々休み、また再開するといったことを繰り返します。赤ちゃんが飲むのを止めると、養育者は赤ちゃんに目くばせをしたり、軽く身体をゆすったり、哺乳瓶の角度を変えたり、頬をつついたりします。そうした養育者からのはたらきかけのあと、赤ちゃんが飲むことを再開します。赤ちゃんと養育者は、お互いにことばを話しているわけではないですが、ここにはターン・テイキング(順番の交代)があります。
授乳時に限らず、赤ちゃんの機嫌がよいときに養育者と顔を見合わせて声を交代で出し合うなども、ターン・テイキングの様子のひとつです。私も現在、0歳の赤ちゃんを育てています。息子は「あー」とも「うー」ともつかないくぐもった声を出しますが、それをこちらも真似して、「あーうー」や「ほーほー」と返します。すると息子もそれに返すように声を出し、それを私が真似して……と続けているうちに、4~5往復のターンが続くこともあります。
こうした順番の交代は、いわば会話の練習であり、のちの言語コミュニケーションの基礎を作ると言われています。ことばの発達の力が弱い、ことばや周囲からのはたらきかけを受け取ったり発したりすることに弱さのあるお子さんであればなおのこと、周囲が関わりのなかでターン・テイキングを丁寧に続けてあげることが大切になります。
「ことば」は、生得的な素質と環境との相互作用によって育まれます。一方方向の「たくさんのことば掛け」ではなく、ことば以外のコミュニケーションも多様に取り入れ、双方向に矢印が行ったり来たりして繋がり合う、豊かなコミュニケーションの環境を用意してあげられるとよいですね。
どんなことば掛けをしたらよいか分からない、という方のために
ことばをまだ話さない赤ちゃんやお子さんに対して、何を話しかけたらよいか分からないという親御さんもいるかもしれません。また、遊びのなかでも指示を出しがちであったり、してはいけないことを制止したりと、指示的な関わりが多くなってしまうことがあり、その場合にはお子さんとのターン・テイキングが生じづらくなってしまいます。相談支援の場面で、お子さんへの関わり方のヒントとして、インリアルアプローチの「言語心理学的技法」を親御さんにご紹介してみてはいかがでしょうか。ご興味がある方は、ホームページから詳細を学ぶことができます。
大人のことば掛け -言語心理学的技法-
- ミラリング・・・・・子どもの行動をそのまま真似る
- モニタリング・・・・子どもの音声や言葉をそのまま真似る
- パラレル・トーク・・子どもの行動や気持ちを言語化する
- セルフ・トーク・・・大人自身の行動や気持ちを言語化する
- リフレクティング・・子どもの言い誤りを正しく言い直して聞かせる
- エキスパンション・・子どものことばを意味的・文法的に広げて返す
- モデリング・・・・・子どもが使うべきことばのモデルを示す
◎日本INREAL研究会ホームページより引用
http://www3.kcn.ne.jp/~inreal/
- 注1:保健師さんから見て極端にお子さんに対することば掛けや関わりが乏しいと感じられる親御さんは、抑うつ状態や気分の落ち込みなど心の不調を抱えていることもあるかもしれません。そのほか、人前ではあまり話さないタイプの方で、実は家ではたくさんお子さんに話しかけているということもあるかもしれませんね。
- 注2:以前、『地域保健』2022年7月号で、「ことばのシャワーが大事なの?」と題した記事を寄稿させていただきました。
- 【参考文献】
- ・はじめて出会う育児の百科 0~6歳 汐見 稔幸 (著), 榊原 洋一 (著), 中川 信子 (著) 2003 小学館
- ・発達としての〈共食〉 社会的な食のはじまり 外山紀子著 2008 新曜社