地域保健WEB連載

なな先生のことばの発達教室

第6回食べることと話すこと、コミュニケーションの発達

息子は生後5か月を過ぎ、離乳食を食べるようになりました。もりもり、むしゃむしゃ食べるので、親の私がびっくりします。お椀に入ったおかゆをぺろりと食べてしまうと、無くなったことが悲しいようで、「エーン」と泣きます。食べるのが好きなようでなによりです。
ご存じのとおり、ヒトは生まれつき何でも上手に食べられるわけではありません。食べ物の認識(認知)、食具の操作、口内への取り込み、咀嚼、嚥下といった、食べるために必要な一連の力は、成長、発達の過程で徐々に備わっていきます。私たちは、食べることと音声でしゃべる(*注1) ことに、唇、舌、口腔、鼻腔、のど(咽頭・喉頭)など、共通した身体器官を用いるので、食べる機能の発達は、しゃべることの発達にもかかわりが深いと言われています。それから、ヒトは食べるときに他者と交流します。特に乳幼児期には誰かの手から食べ物を与えられます。赤ちゃんや幼児さんは、食べる機能を獲得する過程で、コミュニケーションや社会性も学んでいるのです。今回は「食べることと話すこと、コミュニケーションの発達」というテーマでお送りします。

食べる機能の獲得

赤ちゃんはお母さんの胎内で、へその緒から栄養をもらっていますが、羊水をごっくんと飲み込み、嚥下の練習をしているそうです。生まれて外の世界に出ると、自力で呼吸と哺乳をはじめます。乳児の哺乳と私たち大人が飲み込む方法は、さまざまな点で違います。私たちはごっくんと飲み込む瞬間に気管を閉じていったん息を止めています(嚥下時無呼吸)。赤ちゃんは口から喉、食道までの距離が短く、母乳やミルクを飲むときに呼吸を止めずに飲み続けることができます。哺乳は反射を組み合わせた原始的な運動です。それに対して、離乳食以後に獲得が進む咀嚼や嚥下は、半分意識し半分自動化された半自動運動です。獲得する過程では一歩一歩のステップアップがあり、動作や行為を獲得したその後は、あまり意識しなくとも自動的に遂行できるようになります。

食べることのはじまり

赤ちゃんは、母乳やミルクの時期にも口の使い方を練習していますが、大きな変化が訪れるのはなんと言っても離乳食のはじまりです。離乳食の初期には、口唇でどろどろの半固形物を取り込む練習をします。スプーンを下唇の上に添えてじっと待つと、上の唇が降りてくる(口を閉じる)瞬間があります。うまくタイミングを合わせてスプーンを引くと、上下の唇を使って食べ物を取り込む動作になります。上下の唇がぴたっと合わさり口が閉じ、舌が前から後ろに動くことで食べ物がのどに送り込まれ、ごっくんと嚥下反射が起こります。食べ物を与える人と赤ちゃんのリズムが合っていき、赤ちゃんの側ではぱくっと口に取り込む動き、舌の前後の動き、ごっくんのリズムが合っていき、だんだんと固形のものを食べることに慣れていきます。
中期食では、舌を上あごに押し付けて食べ物を押しつぶす上下の動きを練習します。食べ物を押しつぶすときには、舌と上あごの感覚センサーをはたらかせ、さまざまな食感を感じ取る経験も積んでいきます。舌の上下の動きの獲得と、口内の感覚センサーの発達により、その後の咀嚼の獲得へとつながっていきます。
舌での押しつぶしが上手になってきたら、いよいよ咀嚼のはじまりです。奥歯が生えていない時期には、歯茎で噛むことからはじめます。咀嚼は顎関節の上下の動き、それから下顎を回す回旋の動きです。口元の動きを外から観察すると、唇は左右の口角が不規則に引かれたり戻されたりしています。これまでに、前後、上下と動きを獲得してきた舌が、今度は左右の動きに挑戦です。奥歯で食べ物を噛むためには、舌が左右に動いて歯の上に食べ物を乗せなければなりません。奥歯で噛むことで食べ物は唾液と混ぜられ、飲み込みやすい食塊にまとまって喉の奥に送られます。こうして、食べるのが難しい食べ物を食べる力も少しずつ獲得していきます。
食べるときに食べ方を調整するためには、食感を感じる感覚センサーをはたらかせていくことも重要です。手づかみ食べやスティック状野菜のかじり取りの練習は、感覚センサーを磨き、一度に口に含む量を自分で調整する、食具を使う準備になるなどのステップとなります。

食べることの発達を支える支援者の視点

子育ての視点で離乳食について検索したり本を読んだりすると、月齢毎の食べられる食材・食べられない食材、離乳食の作り方、栄養面などの情報が手に入ります。そうした情報ももちろん大切ですが、言語聴覚士としては、食べる姿勢や与え方の工夫、食形態(食べ物の固さとつぶの大きさ、とろみやまとまりの程度)、食べる機能・運動の獲得の進みについての視点も提供できればと思います。
食べる姿勢や与え方でお伝えすることの多い大切なポイントは、「一口量をスプーンの3分の1程度にする」「食べ物を口の奥に押し込まず舌の前のほうに置く」「顔が上を向き顎の角度が上がらないよう、スプーンを地面と水平に引く」、腰座り以降のお子さんに対しては、「足の裏が地面に接地する椅子を使い、足底で身体をしっかり支えられるようにする」などです。与える食形態については、月齢はひとつのめやすとし、あくまで目の前のお子さんの食べる力に合っているかどうかを見極めます。ご家庭でお子さんの現在の食べる力を見極めるのが難しい場合には、保健相談や育児相談などで専門家の助言を得られることが望ましいと思います。食べる機能・運動の獲得は、食形態を先取りしてレベルを上げることでは身に付かず、むしろ獲得しないままになってしまうことがあります。離乳食の食形態は、無理のないステップアップが大切です。
お子さんが食事をあまり食べないときに、好き・嫌いなどの味の好みに理由があるのではと検討されることがありますが、食べる機能の獲得状況についても目を向けられたらと思います。口の中でまとまりづらい、上あごに貼りつきうまく奥歯に運べない、流れ込みやすくムセやすい、繊維質で噛み切れないなど、「食べにくさ」が食べムラの理由になっていることもあります。もしお子さんの好き嫌いで悩んでいるご家庭があれば、離乳食完了期以降の月齢であっても検討してみる価値があります。

食べることとおしゃべりの発達をめぐって

赤ちゃんが生まれてからことばを話しはじめるまでには、おおよそ1年ほどの期間があります。ことばを話すまでには、頭と心、身体の準備がおこなわれています。頭の中や心の中では、周囲で起こることが分かったり、母語の音声知覚が進んでいったり、簡単なことば掛けの理解が進んでいったりします。それと並走して、しゃべるための身体の発育・発達も進んでいきます。食べる経験はおしゃべりをする器官を使う経験でもあります。食べることのほかには、呼吸をコントロールしたり、声を長く出せるようになったり、口から出す声と鼻から出す声が分かれていったり、「ばばばば」のような音の粒を繰り返す喃語を発したり、といったこともおしゃべりの準備です。
おしゃべりは、繊細で複雑な動きが求められる運動です。舌と上あごでわずかな隙間を作る、舌を勢いよく弾く、などの微細なコントロールや、いくつもの種類の音が並んだことばを言う複雑な口の動きはまだ難しいので、おしゃべりし始めたばかりのお子さんは舌たらずになります。食べることの発達としゃべることの発達は関連が深いですが、ある程度食べることを獲得したその先にも、発声発語器官の成長・発達はしばらく続いていきます。

食べることとコミュニケーションをめぐって

食を通した人間の発達を研究されている外山紀子さんによれば、他の霊長類と比べてヒトは食事を共にし、コミュニケーションのために他者に食べ物を与えたり受け取ったりする動物であるといえるそうです(*注2)。ことばの芽ばえに欠かせない発達の段階に、「三項関係の獲得」があります。同じものを見ていることが分かる、他者が注目している視線の先を追うなど、相手と自分で注目を共有する力を獲得することです。食べること、食べ物を与えられることを介した他者との関わりが、この三項関係を育んでいく機会となります。ほかにも、周囲が食べているようすから食べても安全な食べ物かどうかを判断したり、誰かと一緒に食べることで食事への意欲が増したり、お弁当の時間に仲が良い子の隣に座ろうとしたり、毎日の食事はコミュニケーションが育まれる大切な場です。

医療現場での摂食嚥下(リ)ハビリテーション の提供(*注3)

保健師のみなさんはご存じかもしれませんが、きこえ、ことば、コミュニケーションの専門家である言語聴覚士は、摂食・嚥下領域に従事することもあります。「リハビリ病院」などの医療・介護施設で働く言語聴覚士は、毎日お昼時になると大忙し。担当患者さんの食事場面に介入するためにあちこちの病棟を回ります。高齢者や成人分野を中心に、摂食嚥下療法のニーズはとても高いです。小児分野では、医療ケアやダウン症のお子さんなどを中心に、摂食嚥下の関わり・支援が行なわれています。また、歯科領域では日本歯科医学会が「口腔機能発達不全症」という疾患名を設定し、2018年から保険点数を算定できるようになりました (*注4)。口腔機能発達不全症は、先天性の疾患などが無いお子さんにおいて、食べる・話す・呼吸の機能のいずれかが十分に発達していない、または正常な機能を獲得できていない状態を指す疾患です。
摂食嚥下領域の直接介入には多少なりとも誤嚥や窒息のリスクが伴うため、言語聴覚士による摂食嚥下療法は医師または歯科医師の指示の下で行なうよう法律に記載があります(*注5)。小児分野の場合には、成長に寄り添う生活期の支援となることもあってか、食べることへの支援の場が充分に足りていないのが現状です。小児科や耳鼻科、リハビリテーション科のほか、歯科領域においても言語聴覚士の活用が広がり、歯科衛生士などとの協業が進むことを期待します。

【参考】
  1. 「音声でしゃべる」と書いたのは、手話で(手で)話す人もいるため
  2. 『発達としての共食 社会的な食のはじまり』外山紀子 新曜社 2008
  3. リハビリテーション[re(再び)・habilitation(適した状態になること)]という用語は、再獲得の意味合いがあり、主には疾患に対する後遺症など機能の喪失を対象とする。小児に対しては、新たに獲得する機能や生活を支援するので、ハビリテーション[habilitation]の用語が使われる。
  4. 日本歯科医学会ウェブサイト資料2020年3月「口腔機能発達不全症に関する基本的な考え方」
    https://www.jads.jp/basic/index_2020.html
  5. 言語聴覚士法 第四十二条「言語聴覚士は、(中略)診療の補助として、医師又は歯科医師の指示の下に、嚥下訓練、人工内耳の調整その他厚生労働省令で定める行為を行うことを業とすることができる。」

食べることの発達について学びたい人へ、紹介したい本

●『そしゃくと嚥下の発達がわかる本』

山崎祥子 芽ばえ社 2015
離乳食と食べることの獲得の流れについて、運動の発達の観点がどのように進むのか知りたい方におすすめです。

●『ダウン症のある子どもの離乳食から食事へ 食べる機能を育てるために』

玉井浩 監修 日本ダウン症療育研究会摂食指導ワーキンググループ 編集
 診断と治療社 2023
「ダウン症のある子どもの」とありますが、ダウン症以外の医療ケアのお子さんや、協調運動が苦手な発達障害のお子さんなどにも活かせます。Q&Aがあり、保護者の方からの質問に答える際に答え方の参考になります。

●『発達としての共食 社会的な食のはじまり』

外山紀子 新曜社 2008
食べる行為が子どもの社会性の発達においてどのような役割を果たすのか、興味がある方におすすめです。園での集団生活の食事場面で、幼児さんがどのようなふるまいをするのか、などとても興味深いです。

著者
寺田奈々
ことばの相談室ことり
言語聴覚士

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