なな先生のことばの発達教室
第8回コミュニケーションの"障害"は、私とあなたの間にある
「コミュニケーション」とは伝え合うこと
コミュニケーションの語源を紐解くと、ラテン語の「communis」または「communicatio」に由来します。「communis」は「伝える」、「communicatio」は「共有する」「分かち合う」といった意味があるようです。
コミュニケーションとは、感情・意思・情報を受け取り合うことで、ことばだけでなく身振り手振りや顔の表情・声のトーン・視線の動きなど非言語的な要素も含みます。
単に「ことば」と表記すると、「意味内容の伝達」や「(意味のある言葉の)発語」のような、限局された意味合いで受け取る人もいるので、広く情報や感情の交換や共有を指したり、非言語コミュニケーションも含めていることを示すために、「ことば・コミュニケーション」「言語・コミュニケーション」のような形で中点(なかてん)を打ち、併記することが多いです。
ところで、この連載のタイトルは「なな先生のことばの発達教室」です。ことばは、学んだり、考えたり、行動を調整したりするためにも使われていますが、今回はコミュニケーションのお話をします。それから、連載タイトルに「発達」と付いているとおり、普段は子どものことばに焦点を当てた話題が中心ですが、発達は人の生涯に渡って営まれるものでもあります。今回のお話は、子どもに限らず、コミュニケーションに障害や困難を抱える人や私たち、としてお読みいただければと思います。
言語・コミュニケーションの支援は、反復トレーニングだけではない
私は言語聴覚士として、言語・コミュニケーションの"障害"や"困難"を抱えている人に会い、その子・その人らしく生きるお手伝いをしています。コミュニケーションは、その人らしさやその人らしい生き方の選択を支える重要な要素です。ことばに障害を持つ人の支援、というと、その「障害」を訓練やトレーニングによって改善させたり、軽減させたり、矯正したりするのでは? といったイメージを世間から持たれているようです。もちろん、支援的介入のなかで反復トレーニングを実施することもたくさんあります。ですが、反復トレーニングだけで問題や困難が解決するケースはそれほど多くはありません。言語聴覚士をはじめとする私たち(リ)ハビリテーション領域の療法士は、日頃の介入において、反復トレーニング(機能訓練)を行うこと自体の良し・悪しでは考えていません。その能力の獲得後や改善後、どのような活動でその能力は使われるのか? 活動が実現したら、その人の社会参加にどのくらいプラスの影響をもたらしそうか? を考えて優先順位を整理し、支援プログラムが計画されます。
支援プログラムの立案に大切な、ICFの枠組み
この、ややこしい話をなんとか説明するためには、ICFという概念をふまえる必要があります。
世界保健機関(WHO*注1)が2001年に発表した、「障害」や「困難を抱える人」を理解するための枠組みとして、「ICF(国際生活機能分類)*注2」があります。人間の健康状態や心身の機能、環境による影響を評価するための世界共通の分類方式です。ICFには、以下の3つの要素が含まれています。
1.心身機能と身体構造・・・生きるために必要な体と心の働き
2.活動と参加・・・その人らしい生活と社会とのつながりの実現度合い
3.環境因子と個人因子・・・その人をとりまく周囲の状況・その人独自の要素
ICFの枠組みに沿って考えると、さまざまな障害や困難は、単に個人の心身機能の問題だけではなく、その人を取り巻く環境や社会的な要因とも深く関わっていることがわかります。
医療モデルから社会モデルへ
従来の捉え方である「医療モデル」では、障害は個人の身体的・精神的な問題であり、治療や訓練によって克服すべきものとされてきました。医療モデルに対し、近年提唱されているモデルに「社会モデル」があります*注3。障害の社会モデルとは、障害は個人の心身機能の障害と社会的な障壁の相互作用により生み出されるものであるという考え方です。
身体面の障害について、社会モデルの視点から考えてみるとどうでしょうか?
たとえば、車いすに乗る人がレストランに入りたいけれども、入り口に階段があるというとき、入れないのは歩けないという個人の機能のためではなく、階段や段差が「障害・障壁(バリア)」になっていると捉えます。もし、お店にスロープやエレベーターが整備されれば、障害は「障害(バリア)」では無くなるかもしれません。
コミュニケーション障害を社会モデルから捉えなおすと?
では、コミュニケーション障害について、社会モデルの観点から考えてみるとどうでしょうか?
たとえば、聴覚に障害のある人がコミュニケーションに困難を感じているとき、その人の聴覚機能だけがコミュニケーションの障壁になっているわけではありません。
「話し相手である私が、手話で話せないこと」であったり、「"口の形を見せながら話すと伝わりやすい"という知識が話し相手である彼自身に備わっていないこと」、「筆談ボードや文字起こしアプリケーション*注4 を活用するというアイディアが話し相手である彼女自身に浮かんでいないこと」なども障壁のひとつです。
あるいは、脳卒中など脳の損傷の後遺症で生じるコミュニケーション障害に、失語症があります。失語症の人は、ことばの理解や表出といった言語機能に障害を持ちます。ですが、その人の言語機能だけがコミュニケーションの障壁になっているわけではありません。
「"失語症の人は言いたい言葉とは別の言葉を言ってしまうことがある"という知識が話し相手であるあなたに備わっていないこと」や「"この方にとっては、漢字を読むことが理解の助けになる"ことなど、話し相手であるあなたが目の前の人の失語症の特性について充分に知らないこと」などが障壁になっているかもしれません。
コミュニケーションの障害は、私とあなたの間にある
冒頭で確認したように、コミュニケーションは基本的には2者以上の間で行われます*注5 。"伝える-伝えられる"の関係は相互のものです。"相互のもの"とは、どういうことでしょうか? 1対1のコミュニケーションを想定すると、送り手である伝える側に50%の「伝える責任」が、受け手である伝えられる側に50%の「分かる・了解する責任」が発生し、互いに協力し責任を果たし合うことではじめてコミュニケーションが成立します。
つまり、コミュニケーションは、送り手と受け手の間で成立するものであり、その過程で生じる障害や困難は、どちらかの側に一方的に存在するのではなく、両者の関係の中に、言い換えると、私とあなたの間に存在するのです。
だって、さきほど説明したように、相手が変わればコミュニケーションが成立することだってあり得るわけですから。
コミュニケーションのバリアは時に誰にでも起こる身近なもの
そもそも、誰かと自分の間にあるコミュニケーションの"障害・バリア"は、具体的な障害に由来せずとも、誰にでも起こり得るものでもあります。
たとえば外国を訪れると、私たちは途端にコミュニケーションの困難に陥ります。外国語が話される環境に飛び込んだことが無い方も、たとえば方言が違う環境に突然置かれて戸惑った経験をお持ちかもしれません。私のように、まだことばを話さない子どもとのコミュニケーションに、日々格闘している親御さんもたくさんいることでしょう。
言語能力に由来せずとも、世代や興味の違う相手との共通の話題が見つからず、コミュニケーションに苦労する経験などは誰しも一度は経験があるかと思います。こうした日常にありふれたコミュニケーションの困難と、なんらかの言語・コミュニケーション障害に由来する困難は、混同することで当事者の不利益とならないよう留意する必要はありますが、マジョリティ側が想像力をはたらかせるヒントとなるでしょう。
「コミュニケーションのマイノリティ」と表現してみる
ここまで、「(言語・)コミュニケーション障害」と説明してきましたが、私はあえて「コミュニケーションのマイノリティ」と表してみることもあります。
たとえば手話で話すろうの方は、手話で話すコミュニティのなかでは「障害者」とは思われません。あくまでコミュニケーションのスタイル(様式)の違いであり、そのスタイルを使用する人数が社会全体で多いか・少ないかの差であるととらえてみてはどうでしょうか?
あるいは、自閉スペクトラム症の特性を持つ人のなかに、雑談や世話話をあまり進んではせず、出会いがしらに用件を切り出すコミュニケーションのスタイルを好む人がいます。学校や職場で仲間と雑談を一切しない人は世の中では少数派(マイノリティ)かもしれませんが、雑談を好む多数派(マジョリティ)のほうに絶対的なただしさがあるとまでは言えません。
それから、「障害」という言葉からいったん離れてみると、コミュニケーションの困難が病気や障害に由来するものばかりではないことにも気が付くでしょう。たとえば、外国につながる子どもたちです。現在日本の小中等教育学校には、日本語指導が必要な海外にルーツを持つ子どもたちが約5万人通っています*注6。彼らもまた、日本社会におけるコミュニケーションのマイノリティと言えるでしょう。
コミュニケーション支援に関する社会や企業の取り組み
近年、お互いの間にあるコミュニケーションの"バリア"を乗り越えるべく、小売業界を中心に新たな取り組みがはじまっています*注7。例えば、大手コンビニチェーンのローソンは2022年8月から全店舗のレジカウンターに指差しシートを、2023年3月からはコミュニケーションボードを設置しました*注8。同じくコンビニチェーンのファミリーマートも、2022年11月から順次、指差しシートとコミュニケーションボードの設置を開始し、全国の店舗に拡大しています*注9。これらのボードやシートには、レジでよくやり取りされる「レジ袋」「カトラリー」「あたため」などの項目が記載されています。
ほかにも、ドン・キホーテなどを展開するPPIHグループが、2023年7月からコミュニケーションボードの導入を開始しました*注10。成田空港の手荷物検査でも同様のコミュニケーションボードが使われています*注11。自治体や公共交通機関などでのコミュニケーションボードの導入事例も少しずつ聞かれるようになりました。いずれも、ここ数年間で顕著に感じる変化の流れです。
もちろんこれは社会全体からすると、ごく一部の実践例です。周囲では、「私とあなた」「私と社会」の間のコミュニケーションのバリアを感じさせられる事例が、まだまだたくさんあると思います。
たとえば、吃音に悩む人が病院にかかりたいとき、病院が電話でしか受診の予約を受け付けておらず、電話で話すことが障壁になるので受診を控えてしまうことがあります。発達性ディスレクシア(読み書き障害)を持つ人が福祉制度の申請をしたいときに、書類を読んだり書いたりの膨大な手続きが障壁になり制度を利用できない、という事例もあります。
機能面の改善に取り組むより先に、話し相手である私たちがまず変われたら
さて、ここで、さきほどのICFの図を思い出してください。言語・コミュニケーション障害の機能的側面は、単純な反復トレーニングによってたちどころに解決するものばかりではありません。その多くは、その人の生活やその人らしさと混ざり合いながら続いていきます。言語障害の内容や状態によっては、機能面を変化させるのはとても骨が折れるし、つらく苦しいことかもしれません。でも、ICFで環境因子にあたる、「周囲の理解」や「話し相手の聞き方・伝え方」は、起こそうと思えばいますぐにでも起こせる変化かもしれません。
とある吃音の方がこう話していました。「吃音を隠す必要がなく、話し終えるまで待ってくれるような、安心できる人が話し相手だと、どもっていても、話すのがとてもラク。どもってもいいんだと思えると、かえって吃音も軽くなるものだ」
コミュニケーションの困難の多くは、話し相手の在り方によって変化する変数であると言えます。機能面を大きく改善させることが難しい場合でも、話し相手のコミュニケーションによって、状況を変化させていくことができるかもしれません。
言語聴覚士である私は、ことばの発達がゆっくりなお子さんがいれば、まずは周囲のことばの環境、つまりはお子さんの主要な話し相手のコミュニケーションの在り方に着目します。そのほうが、お子さん自身を変えようとするよりも、まずは一歩、歩を進められるからです。
障害の医療モデルから社会モデルへの考え方の転換は、私たちの互いの間にあるコミュニケーションの"障害"を乗り越えるためのヒントにもなる重要な視点です。
コミュニケーションの障害は、一人一人が抱える個別の悩みのように思えますが、ともに社会に生き、コミュニケーションを取る相手である私たちも、コミュニケーション"障害"の当事者なのです。伝え合う負担を一方だけに押し付けるのではなく、その荷物を半分持つことはできないか? ということを考えるべき立場にあるのではないでしょうか。
【参考】
- WHO: World Health Organization
- ICF: International Classification of Functioning, Disability and Health
- "障害"ってそもそも何だろう? 困難の原因を「社会モデル」から考える──
バリアフリー研究者・星加良司さん こここスタディ vol.13
https://co-coco.jp/series/study/socialmodel_hoshika/ - たとえば、文字起こしアプリケーションには
YYProbe
https://yysystem.com/ などがあります。 - 過去の自分との対話などもコミュニケーションと呼ぶかもしれませんが、それは置いておきます。
- 「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(令和3年度)」文部科学省
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/31/09/1421569_00003.htm - 社会のなかでコミュニケーションボードや指差しボードが広まりつつあるのは、東京オリンピックの開催を契機に広まった、「心のバリアフリー」ということばがきっかけでもあるようです。2017年2月に決定された「ユニバーサルデザイン2020行動計画」によれば、心のバリアフリーとは、「様々な心身の特性や考え方を持つすべての人々が、相互に理解を深めようとコミュニケーションをとり、支え合うこと」だそうです。
内閣府 令和元年版 障害者白書 ユニバーサルデザイン2020行動計画の概要
https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/r01hakusho/zenbun/h1_01_03_02.html - 聴覚障がい者に向けた「指差しシート」が、「2023年度グッドデザイン賞」を受賞!|
ローソン公式サイト
https://www.lawson.co.jp/company/activity/topics/detail_jin/1475015_9112.html - 指差しシート/コミュニケーションボードを設置 ~お客さまがよりお買い物をしやすい環境づくりへ~
https://www.family.co.jp/company/news_releases/2022/20221121_03.html - 10. ドン・キホーテ、アピタ、ピアゴ等で聴覚障がいがある方のお買い物をサポート~PPIH グループ国内全店に「コミュニケーションボード」を導入し、安心してご利用いただける店づくりを
ニュースリリース サステナビリティ 2023年 PPIH
https://ppih.co.jp/news/pdf/230724news1%28final%29.pdf - 11. 保安検査場用コミュニケーション支援ボード
成田空港
https://www.narita-airport.jp/ja/service/ud/communication-support-board/
おすすめの本
●『ことばの不自由な人をよく知る本』
中川信子、阿部厚仁 監修 2023 合同出版
ことばやコミュニケーションに障害を持つ人には、どんな人が居るの? 社会ではどんな助けや取り組みがあるの? を、小中学生にも分かりやすいように作られた本です。
●『手話を生きる 少数言語が多数派日本語と出会うところで』
斉藤道雄 2016 みすず書房
日本手話という少数言語で生きる子どもたちがいきいきと学び過ごしていける教育とは? について、手話で話す人たちを取りまく複雑な状況について、知ることができます。
● 『やさしい日本語 多文化共生社会へ』
庵 功雄 2016 岩波書店
日本語を母語(第一言語)としない人・子どもとのことば・コミュニケーションの困難を解消する手立てとしての〈やさしい日本語〉について、知ることができます。
●『注文に時間がかかるカフェ たとえば「あ行」が苦手な君に』
大平一枝 2024 ポプラ社
「注文に時間がかかるカフェ」は、吃音のある一人の女性が発起人となり広まった吃音啓発活動です。吃音のある若者が行動を起こし、変わっていく姿を追ったルポライトです。