地域保健WEB連載

なな先生のことばの発達教室

第9回赤ちゃんの身振りサインの発達

昨年の7月、うちに赤ちゃんがやってきました。というか、産んだのは私なので「タクシーで連れて帰ってきた」が正確なところです。退院の日は酷暑の真っ只中。産まれてたった7日の赤ちゃんを抱えてタクシーから降り、自宅の目の前の横断歩道の信号が変わるのを待つほんの一瞬に、太陽の暑さで赤ちゃんがまいってしまうんじゃないかと心配になるほどでした。
それから1年が経ち、息子はまだまだ赤ちゃんですが、大きくたくましく育ってくれています。
今回は、我が家の1歳児を観察しながら、赤ちゃんの身振りサインの発達に迫ってみたいと思います。あくまで"うちの子は"の例が多数含まれるため、個人差があることに留意しながら読んでいただけますと幸いです。

初期の身振りサイン7つ

ところで、うちの子、意味のある発語がまだありません。ですが、いくつかの言語機能の芽ばえが感じられます。その代表的なもののひとつが身振りサインです。バリエーションが増えてきて、今現在7つくらいあります。ハーイ(片手を挙げる)、バンザイ(両手を挙げる)、おいしい(片手で頬をぱちぱち叩く)、拍手(手を合わせて音を出す)、いぇいいぇい(こぶしを握り、腕を振る)、バイバイ(手を振る)、ごちそうさま(手のひらを合わせる)。
私たち言語聴覚士は、こうした身振りサインもことばのひとつ、あるいは、ことばの芽ばえと捉えます。身振りサインを相手に見せるということは意図や意思、意味を伝えたいことの表れです。しかも、泣いたり怒ったり声を荒げることで伝えるのではなく、身体の一定の動き・動作に"意味"を託すことで伝えているのが身振りサインです。意図や意思、意味になんらかの形式を与え、互いを結びつけたのが「記号(サイン)」であり、言語の持つ本質的な特徴のひとつと言われています。

ボディ・イメージと心の発達:身振りサインのレディネス

ひとつ、ふたつと身振りサインが増えていった我が家の1歳児。興味深いのは、はじめのひとつの獲得までには時間がかかったように感じましたが、ひとつできるようになってから、レパートリーが6から7つと増えていくまでにはそれほど時間がかからなかったことです。その背景のひとつに、同じ時期にできるようになってきた、身体動作の模倣(まねっこ)が関係しているのかもしれないと想像しています。身振りサインの多くは子どもが独自に考えたオリジナルのものではなく、所属する社会で使われているもののまねからはじまります。身体の動きをまねするには、自分の手足・身体と、相手の手足・身体とが、互いにリンクしていることへの気付きが必要そうです。それ以前の段階として、そもそも自分の身体をよく知り、形や動いたときの結果をイメージしていくことが大切です。
うちの息子も、身振りサインの獲得や動作模倣の前段階として、哺乳瓶を近づけると口を開けて迎えたり、親が抱っこしようと両手を近づけるとそれに備えるように脇の下にスペースを作ったり、少し先を予期して自分の身体を準備することがだんだんできるようになっていく過程がありました。自分の持つ身体の形が分かり、動きやその結果のイメージが描けることを、ボディ・イメージや身体図式と呼びます。このボディ・イメージの発達は、動作の模倣にも重要な役割を果たします。
それから、コミュニケーションを取りたい! という心の発達も非常に大切です。子どもは周囲の人のまねをしたい、まねをされると嬉しい、まねをして反応が返ってくるのが面白い――と、自分が今できるコミュニケーション機能を使ってコミュニケーションを取ろうと試みます。それが心のはたらきです。身体と心がそれぞれの発達の歩みを進めていったその先で合流し、身振りサイン(言語)の獲得に至る……と考えると、発達は大きな川の流れもしくは壮大な物語のようで、感動をおぼえます。

ことばの発達における"環境"とは、聞き手のかかわりのこと

それから、ことばの発達は生まれつき備わった力と環境の相互作用です。言語における"環境"とは、聞き手である周囲の人のかかわりにほかなりません。コミュニケーションの受け手がいかに"サイン"を受け止めたか? が、思いもよらない言語活動に発展することがしばしばです。うちの1歳児が、喜びを表し共有する〈いぇいいぇい〉の身振りサインをはじめたときのことをお話します。息子の大好きなおもちゃであるカップ重ねを使い、カップをタワーに積み上げていたときです。カップをひとつずつ渡し、カップをひとつ上に積むとその都度身体と腕をゆらし、"いぇいいぇい"と嬉しさを表現していました。その時点では、たまたま行った、ただの動作に過ぎなかったはずです。しかし、同じカップタワーで同じことができるたびに同じ動作を私が誘い、状況および行為と動作との結びつきがうまれ、サインとなっていったのかも? と考えています。
ほかにも、その場のコミュニケーションが次第にサインに発展した経験に、お茶を飲むときの「ぷは~」があります。息子の話ではなく、ことばの相談室のレッスンに通ってきてくれている知的障害を持つお子さんのエピソードです。あるとき、とても喉が渇き、お茶を飲んで、そのお子さんが「ぷは~」と言い、周囲の大人がそれをおもしろがってお互いに何度も繰り返したことがありました。すると、後日お茶を飲んだ時に、前回のおもしろさを共有するために、そのお子さんみずから「ぷは~」と言い、それがお約束になっていきました。その子の周りでは、「ぷは~」が「喉が渇いているからお茶がおいしい」を伝えるサインになっていき、実際のお茶だけでなく、おもちゃの容器をコップに見立て飲んだふりをしては「ぷは~」と言う遊びにも発展していきました。子どもの提案をしっかりと一緒におもしろがったことで、サインがひとつ育っていくきっかけを作ることのできた、素敵な例だと思います。

動きのディテールはまだまだ

ひとつひとつの身振りサインの変化をじっくり観察してみると、動作自体が少しずつ上手になっていく様子に気付きます。たとえば、赤ちゃんの手はぎゅっと握っている状態からだんだん開いたり閉じたりできるようになっていきます。拍手やいただきますの動作においても、初期には両手のひらが同じタイミングで開かず、片手をゆるく握ったままもう片方の手で包み込むような手合わせになることがありました。挙手のときには5本の指をしっかり開いて肘もぴんと伸ばしていますが、バイバイはグーを握ったまま手首を振り下ろしています。ひとつずつよく見ると、ディテールが甘い! それもまたかわいいですね。
それから、こんな間違いというか、表現の変遷もあります。息子の〈おいしい〉の身振りサインは、大好物の納豆を食べたとき、首を横に振る動きからはじまりました。ご存じの通り、我々が首を横に振るときは、〈NO(否定)〉(1)を表します。ですが、彼は独自に納豆の美味しさと感動を表現するのに、随意的に動かせる手近な動きとして首振り動作を当てたのでしょう。首を振りながら上半身全体を左右に揺すってみせることもありました。私たち保護者はそれを「納豆ダンス」と名付けて、しばし愛でておりました。
ところで、いつも言語聴覚士としてことばのレッスンに来たお子さんたちと一緒に使う〈おいしい〉の身振りサインに、〈片手で頬を叩く〉があります。せっかくならそちらの身振りサインも教えてみようと、まずは私がやって見せ、まねっこを促すところからはじめました。すると彼はなんと、自分のほっぺではなく、私の頬をビンタするのです! 手づかみ食べでべたべたになった手をいっしょうけんめいに伸ばして、ぱちんと叩こうとするので、おかしくて笑ってしまいました。それからさらに数日経つと、〈おいしい〉では自分の顔に触れるのだと分かってきたようなのですが、触れているのは頬ではなく側頭部から耳にかけてのあたりです。自分では見えない自分の顔から、頬を選んで触れるのは彼にとってはまだ難しいことなのかも? と思いました。

お手本の模倣(まねっこ)から、ことばでの理解へ

それから、私や周囲の大人がやって見せて模倣(まねっこ)を促していた身振りサインですが、しばらく経つと、ことばでの声掛け(口頭指示)でもできるようになっていきました。たとえば、お別れの場面で手を振り合うのが〈バイバイ〉の身振りサインです。うちの息子も次第にまねをするようになりました。しかし試しに、「バイバイ」と口頭でだけで伝えてみると、特に何の反応も返ってきません。まだ、ことば(※音声言語)の意味を理解し、応じるのは難しかったようです。ですがしばらく日が経つと、「バイバイ」との声掛けのみで、子は自発的に手を振るようにもなっていきました。動作の模倣から音声言語の理解に至るまで、少しタイムラグがあったのだな、と解釈しました(2)。
同じく、「ごちそうさま」の音声を聞いただけで、こちらからの動作の提示なしに、身振りサインの〈ごちそうさま〉ができるようになりました。さらには、「ごちそうさま?」や「はい、ごちそうさまでした」と伝えたとき、まだ食べ足りなければ頑として応じなかったり、不満の声を「にぃえええ!」と出したりします。おかずをお代わりしたあとに、再度「ごちそうさま?」と尋ねると、にっこり笑顔でぱちんと手を合わせて「ごちそうさま」をするのです。「ごちそうさま(にする)?」という質問は、たんなるおしまいの挨拶ではなく、「もうおなかはいっぱいですか?」「ごはんは足りましたか?」「食事は終わりですか?」などの意味にまで広がっています。ひとつのことばを複数の使い方をすることで、やり取りの幅を広げようとしているのだなあと感心した出来事でした。
お名前を呼ばれたときに返事をする〈ハーイ〉についても獲得が進んでいますが、これはまだ彼のなかでは使い方が定まっていないようです。笑ってしまうのが、自分の名前だけでなく、別の子の名前を呼んでも、〈ハーイ〉と元気にお返事をするようなのです。保育園の先生からも、「朝の会では、別のお友達の名前がよばれたときにも毎回お返事してくれます」と教えてもらいました。似たような子どもとの定番のやり取りでは、「バナナ食べる人ー?」のように、「○○する人ー?」という尋ね方では、まだなにも反応はありません。一方で、なにやら嬉しいことがあったときにも、サッと挙手をして注目を獲得しようとすることもあります。自分なりの〈ハーイ〉の使い方を試行錯誤している段階といえそうです。
子どもは身体と心の準備(レディネス)が進んでいくと、それらの力を組み合わせながら言語・コミュニケーションの力の獲得を進めていきます。身振りサインのほかにも、いろいろ身体の動作でコミュニケーションを取りはじめます。たとえば、音楽に合わせて膝を曲げ伸ばししたり、こちらが手を差し出すと自分が持っているものを渡したり、わざと逃げてみせ追いかけっこを誘ったり、テレビのリモコンのように叱られそうなもので遊んでいることを咎められないよう、慌てて手を離しごまかすような仕草をしたりします。
いたずらは困りものですが、こうしたこともコミュニケーションを取りたい気持ちの現れです。このようなとき、"君の伝えたいことは今、しっかり伝わったよ"とやや前のめりな姿勢で受け手が伝えていくことが大切なのだと思います。それから、遊びのなかの楽しい繰り返しは、さまざまな認知的発達の助けとなります。サインの萌芽の時期には、繰り返しその身振りサインを使いたくなるような遊びに誘ってあげたいと思います。


【注】

  1. 多くの国では、首を横に振るジェスチャーはNOを表しますが、ノルウェーなど一部の国ではYESを表すこともあるそうです。
    参考:Why do we shake our heads when we want to say "no"?
    https://www.uni-stuttgart.de/en/university/news/all/kopfschuetteln/
     
  2. ここでは、私が言った音声の「バイバイ」に対して身振りサインの〈バイバイ〉で息子が応じたことをもって言語理解が成立したと解釈しましたが、より厳密に考えるならば、もしかすると言語理解をしていたけれど身振りサインで応じられていなかった期間が何日かあった可能性があります。言語理解は心のなかのプロセスなので、観察から確認するのはなかなか難しいですね。

小さい子どもの発達をよく知るのにおすすめの本

●『人間発達学(Crosslink basic リハビリテーションテキスト)』
 浅野大喜 編集(メジカルビュー社)

小さい子どもの相談支援に携わる方は、身体の発達を中心に発達全体について詳しく書かれている教科書を手元に一冊持っておくのがおすすめです。古くからの名著もいろいろありますが、発刊された年が比較的新しいものを選びました。

 

●『子どもとめぐることばの世界』
  萩原広道 著(ミネルヴァ書房)

子どもは大人とは違った解釈でことばの意味を理解しているかもしれない? を、子どもの行動や発言から探ることばの発達についての本です。ことばの発達やその研究方法について分かりやすく学べるので、子どもを観察する視点がたくさん増えます。

 

著者
寺田奈々
ことばの相談室ことり
言語聴覚士

なな先生のことばの発達教室 一覧へ

ページトップへ