地域保健WEB連載

なな先生のことばの発達教室

第11回 事物の永続性――見えなくなってもあり続けるモノ

子どもの発達や発達心理学を学んだことがある人なら、誰でも一度は「事物の永続性」や「対象の永続性」という言葉を聞いたことがあると思います。モノは見えなくなってもちゃんとそこにあり続ける、と分かることをいいます。事物の永続性はおおよそ生後6~11か月前後に成立するとされています。ある時期を境に身の回りのモノが「永続」であると突然分かるようになるのではなく、生まれてからの身体と周囲の環境の相互作用的な経験を繰り返すことで、少しずつ獲得されていきます。
わが家にもちょうど1歳を過ぎる息子がおり、事物の永続性が成立していく過程を興味深く見守っておりました。

いないいないばあの不思議

多くの赤ちゃんがそうであるように、うちの息子も、事物の永続性が成立するよりも手前の段階で、いないいないばあに「きゃっきゃっ」と声を出して喜ぶようになりました。「事物の永続性」未獲得である赤ちゃんの気持ちになって考えると、手の後ろにあるママやパパの顔は無くなってしまったも同然です。無くなったと思ったモノが唐突に現れると、意表を突かれて面白いのでしょうか。
しかも、何度も繰り返しているうちに、いないいないばあを繰り出すその手前のタイミングで、すでにこらえきれない笑いが漏れ出ることが増えました。ひょっとして、手の後ろに隠れている顔がもうすぐ登場するぞ、と頭の中でイメージが描けるようになってきたのでしょうか。この後に起こるにちがいない面白いことを予想し、期待でぐふふふと笑ってしまう赤ちゃんの愛らしさです。

ずり這いの時期、ソファーの下にもぐったお掃除ロボットを見逃したくない赤ちゃん

そういえば、うちの息子の首がすわる前後の時期を振り返ってみると、視界に見える範囲のモノを目で追いはするけれども、視界の外に消えたモノに対してもっと見たいよと執着することはほとんどありませんでした。
「消えちゃったよー! 見えなくなったよー! どっか行ったよー! 取ってよー!」などと主張することはありません。別のモノに興味が移り、それでおしまいです。
赤ちゃんとしては、視界に入っている瞬間だけ存在しているという感じなのかもしれません。
もう少し月齢が進み、寝返りやずり這いの時期になると、部屋中を動き回るお掃除ロボットに夢中になりました。お掃除ロボットがソファーの下にもぐっていくと、頭の位置を低くして覗き込みます。
同じように、転がしたボールがソファーの下に入っていったときにも、大きな声で「ああ! ああ!」と、取ってほしいとせがむようになりました。

運動・認知・心・ことばの発達は密接不可分に関わり合っている

「首がすわる」や「うつ伏せで頭を上げて過ごす」という運動の発達、「事物の永続性の理解」という認知面の発達、さらには、「好むものに執着し、無くなると惜しむ」という心の発達が、それぞれ絡まり合いながら互いに力を引き出し発達しているように感じます。
運動、認知、心の発達に加え、ことばの発達についても同様です。たとえば、「見えないことを知らせたい!」「無くなったから見つけ出してほしい!」「消えたり現れたりするのが面白いよと相手に共有したい」などのコミュニケーションの芽ばえが、ことばの発達につながっていきます。

後追いが激しい赤ちゃん、トイレの中まで追いかけてくるのはどうして?

さて、赤ちゃんがハイハイのような移動手段を獲得する時期、「後追いが激しくなる」という現象が起こることがあります。トイレの中まで追いかけてくるので、一人でゆっくり用も足せないとのエピソードをこぼす親御さんも多いですよね。
この後追いは、ひょっとするとさきほどの事物の永続性の獲得と関連が深いのではないでしょうか。
うちの息子がソファーの下にもぐったお掃除ロボットを次にまた出てくるまで見届けたように、後追いする赤ちゃんは、ママやパパにずっと見える位置にいてほしいのかもしれません。
後追いまっさかりの赤ちゃんは、モノや人が無くなるという状態の変化に、以前と比べてよく気が付くようになっていく時期です。
また、注意深く観察していられる時間も延長しています。たったいま、この瞬間という短いスパンから、モノが床を転がっていくあいだや、ママがトイレに行って帰ってくるまでなど、ある程度長い時間に延び、ちょっとした展開を追えるようになっていきます。

状況理解の発達

ママがトイレに行った後はすぐに出てくるとか、朝、パパが玄関から出て行ったら夕方になるまでは帰ってこないとか、日々の経験の積み重ねによって、赤ちゃんは周囲の状況を理解する力を培っていきます。
状況理解が深まっていくためのレディネス(準備性)には、概日リズムの発達や養育者に対する愛着形成のほか、記憶する力の時間的な延長や、おうちの間取りなど空間と自分の位置関係を把握する空間認知能力の発達、関連がある複数のことがら同士を結びつける力(例:ガチャガチャっと鍵の音がしたら、お父さんが帰ってくる)の発達など、高次の脳機能の発達も関わります。

見通しを持つことの大切さ

状況理解が深まっていくと、今度は見通しが立つようになってきます。言語聴覚士である私が日頃仕事をする療育の界隈では、発達障害のお子さんや発達特性のあるお子さんには「見通し」が大切ですよとまずはお伝えすることが多いです。
見通しとは、この先の展開の予測が立つことです。先がどうなるか分からないと、とても不安な気持ちになります。パパが玄関からドアの外に行ってしまい、ドアがぱたんと閉まると、もう二度と会えなくなってしまうかもしれない…もし赤ちゃんがそう思っているならば、まるで今生の別れのように泣き叫ぶのにも頷けます。
今生のお別れではなく、夕方になると帰ってくるんだよ、毎日決まったルーチンなんだよ、パパはお外でお仕事頑張っているんだよ、週末には一緒におでかけできるよ、そうした経験の積み重ねを記憶として整理していくことで、次第に子どもは見通しを立てるのが上手になってきます。
見通しが立つことで、日々を落ち着いて過ごせることが増え、激しい感情の乱れや崩れが減っていくこともあります。

特別な配慮が必要な場合

事物の永続性や記憶力・状況理解に基づく遊びがなかなか定着しないケースや、見通しが立たないことによる苛立ちや癇癪が激しいケースに対して、どういったことが考えられるでしょうか?
こうした場合、背景にはいくつかの要因が考えられます。たとえば、眼球の運動や、動くモノへのピント合わせといった見る力が不安定なこと、注意のスパン(持続性注意)が短いこと、刺激に対して注意が逸れやすいこと(注意の転導性)などです。
また、脳性まひのお子さんのように運動障害があり、自分の身体を適切な位置に動かして視野を移動させることが難しい場合もあります。このような場合、経験不足により、視界から消えた対象物がどうなっているのかを上手く想像できないことがあります。
こうしたお子さんたちへの支援では、これまでにお伝えしたように、まずはしっかりと見せ、ものごとのプロセスの理解を丁寧に促したいです。
気が散らないよう刺激の少ない環境を整えることも大切です。お子さんによりますが、注目すべきポイントを指さしや声掛けで明示すると分かりやすくなるかもしれません。もちろん、自分で経験する機会をつくるのも良いと思います。

療育現場での実践例

以前、支援の場面で、机の上からおもちゃが落ちたり、箱などの後ろに隠れて見えなくなると途端に激しく泣いたり怒ったり焦ったりするお子さんに出会ったことがありました。どうやら、そのお子さんは視界から消えて無くなるのが苦手なようでした。
ひょっとすると、この子は対象物のイメージを頭に描く力が弱いのかもしれない、当時の私はそう考えました。あるいは、モノが落ちそうになる重要な瞬間を見逃すことで、たったいま遊んでいたモノが唐突に消えたように感じていたのかもしれません。
そこで、しっかり目で追って見る練習として、クーゲルバーン(玉転がし)のように転がるモノをじっとよく見る遊びを提案し、頭の中にイメージを描く練習として、かくれんぼや宝物さがしのような遊びを提案しました。
モノや人を隠したり見つけたりする遊びは、中で見えない部分を補いつつ想像する力を育てます。想像力はその後の思考力につながっていきます。
また、自分自身が隠れたり自分が隠したモノを相手に見つけてもらう遊びは、相手の心の中・頭の中を想像するよい練習になります。
自分だけが隠し場所を知っていて、相手は知らないという状況をうまく理解するのが苦手なお子さんにとって、隠し合いっこの面白さを分かってもらうことがこの遊びのポイントです。

おもちゃの片付けと工夫

次のおもちゃで遊ぶときに、ひとつ前に遊んでいたおもちゃのお片付けを嫌がるお子さんもいます。見渡せば視界に入る範囲に置いておき、その子なりに把握しておきたいのかもしれません。
ことばの相談室では、おもちゃの収納を工夫しています。たとえば、透明なジップケースやプラスチックの食品保存容器などの収納を用意しています。容器の中にしまわれていても、透明で中が見え、そこに入っていることが目で見て分かると、消えて無くなったわけではないので事態がよくつかめます。
容器への出し入れ自体が遊びになる発達段階のお子さんもいます。容器に入ったことを目で確認するために、お片付けの際には入れるところもしっかりと見せるようにしています。

日常生活での応用

同様に、家庭でお茶が無くなったら泣いてしまう、食べ物のお代わりをよそうときに待てないといったお子さんに対しても、「からっぽの容器の中や、容器に入れるところをはじめから終わりまでしっかり見せてあげてください」と保護者の方にお願いしています。
低年齢のお子さんには、待つことのできる忍耐力を高めることを目指すのではなく、飲み物や食べ物が容器に満たされるまでの仕組みやプロセスを知っていくことにまずは取り組んでいただきたいです。自分が待たされている間、どんなプロセスが行われているのかな? を知ると、今度は過程を想像する力にもつながっていきます。想像できるようになると、見通しが立ち、見通しが立てば、落ち着いて待てることがひとつずつ増えていくのではないでしょうか。

家庭での環境づくりのヒント

ご家庭では、おもちゃは、透明な容器に入れてまとめたり、子どもの目線の高さの棚に並べておくと、自ら手に取り遊ぶ頻度が高まるのでおすすめです。逆に、視界から完全に隠れる場所におもちゃを収納してしまうと、存在自体を忘れてしまうことがよくあります。
応用編としては、中が見えない紙の箱などをあえて活用することもあります。それは、いつも使うお気に入りのおもちゃを入れておく方法です。
わが家では、息子のお気に入りの積み木のおもちゃを中身の見えないボール箱に入れて片付け、リビングの棚の定位置に置いて就寝するのが日課です。息子は朝起きると決まって箱を棚から引っ張り出し、「ココに入っているのは分かっているんだから、開けてよ!」と主張します。
ポイントは、セッティングを毎日変えたりせず同じにすること。毎日同じルーチンがあるから、見えないところにあるおもちゃの存在を思い出せます。状況の手がかりを使えば息子が伝えたいことを私が推測することも容易になるので、まだことばを話せない1歳児でもメッセージを伝えられます。


今回は、赤ちゃんの発達で重要な観察指標とされる「事物の永続性」や「後追い」、それから発達特性のある子に重要とされる「見通しを持つこと」についてお伝えしました。これらに共通するのは、「頭の中でイメージを描き、それを保持したり想起したり共有したりする力」です。 お読みになったみなさんにとって、なにかのヒントになれば幸いです。

おすすめの本

『歩行が広げる乳児の世界 発達カスケードの探究』(ちとせプレス)2024
著者:外山紀子・西尾千尋・山本寛樹

運動の発達と認知や言語の発達の相互的な関わりについて、さまざまな研究が紹介されながら論じられている本です。よくある発達を学ぶ本では、「運動の発達」「心の発達」などと章が分かれていることが多いのですが、どのようなポイントで相互に関わりを持ち合っているのか一歩踏み込んで知ることができます。

 

著者
寺田奈々
ことばの相談室ことり
言語聴覚士

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