地域保健WEB連載

なな先生のことばの発達教室

第12回 物の名前が分かる! 行為の獲得とことばの関係

私が主宰する「ことばの相談室ことり」には、ことばがゆっくり・ことばの発達が遅くて心配、という親子がご相談に訪れます。まだ話せることばが数語しかない「ぽつぽつ期」、ことばが芽生える時期には、コミュニケーションに加えて「物をその物らしく使うこと」を重要視しています。では子どもはどのようにして物の使い方を学んだり、行為を獲得していくのでしょうか? また、行為の獲得がどうしてことばの獲得と関連が深いのでしょうか?
今回のお話では、物を使うことを「行為」「動作」「道具の使用」などと呼び、ことばそのものとは区別します。「使い方が分かること」は行為の獲得、「物の名前が分かる・言えること」「動作をことばで表せること」はことばの獲得ですね。身の回りの暮らしの行為や動作を獲得することで、その行為にまつわるイメージが豊かになり、だんだんとことばの獲得につながっていきます。

探索の始まり:触覚から運動へ

赤ちゃんと物との関係は、初めは触る、握る、口に入れるなど、感覚的な探索が中心です。柔らかいタオル、ツルツルしたプラスチック、すべすべした木のラトル。さまざまな素材に触れ、赤ちゃんは少しずつ世界を認識していきます。
やがて、振る、叩く、投げるなど、運動を伴う探索へと広がります。ラトルをガラガラと振って音を楽しんだり、積み木を叩いて感触を確かめたり。食事中にスプーンを投げたりする困った行動も探索のひとつです。身体全体を使って、物の性質や機能を学んでいきます。

物の使い方を学ぶ:模倣と遊び

赤ちゃんは大人の物の使い方をよく観察しています。
コップで飲む、スプーンで食べる、電話で話す……。 日常生活の中で、大人がどのように物を使っているのか、じっと見つめています。やがてまねっこが始まります。コップを手に持って飲むまねをしたり、スプーンで食べ物を口に運ぶまねをしたり。遊びの中で、大人の行動を再現しようとします。
興味深いのは、実際の食事の場面以外でも、行為や動作を再現しようとすることです。実際の行為を遂行するのが目的ではなく、動きをまねる遊び、まねていることを相手に見てもらうコミュニケーションとして楽しんでいるようすは、ほほ笑ましいものです。

行為の獲得の例「テーブルを拭く」「髪をとかす」

うちの息子が1歳前後に獲得した初期の行為や動作のまねっこは、「テーブルを拭く」と「ヘアブラシで髪をとかす」でした。
「テーブルを拭く」を最初期に獲得したのには納得です。思い返せば離乳食が始まってからというもの、息子の前で何十回、何百回とこぼした食べ物や飲み物を拭きとるためにテーブルを拭いているようすを見せています。ちょっと笑ってしまうのが、息子の中では拭く動作と手で汚れを塗り広げる動作の区別がないため、綺麗にしているのか汚しているのかはあまり関係がないことです。大人の行動をまねてはいるけれど、その意味や目的まではよく分かっていないのでしょうか。
同じく、食事のときには、スプーンをお皿にカンカンカンカンと叩きつけます。よくある、食事に飽きてするいたずらだと思っていたのですが、どうやら私が食べ物を小さく切り分けたり、混ぜたりするようすをまねしているようなのです。これも、目的までは分からず動きだけをまねている例ですね。
そのへんに置かれたヘアブラシに興味を持ち、髪をとかすまねをしだしたのには、少々驚かされました。だってうちの息子の髪をとかすことはほとんどしていなかったのですから。母親の私が自分の髪をとかすようすをよく見ていたんですね。ほかにも、顔をぶつけたときに保冷剤で冷やしたことを覚えており、その後、保冷剤を別の機会に見つけてそれを再現してみせたり、粘着カーペットクリーナーでゴロゴロと床を掃除してみせたりすることがあります。

ことばの獲得に関係する 道具の使用、使用のまね

身の回りの生活で使われる道具を子どもなりに理解して使ったり、使用のまねをしたりすることは、ことばの獲得にもつながる重要な芽生えサインのひとつです。
乳幼児の言語発達をアセスメントする質問紙である日本語マッカーサー乳幼児言語発達質問紙には、「行為と身振り(例:バイバイと手を振る、いただきますと手を合わせる)」「物の使用(例:コップで飲むまねをする、スプーンで食べるまねをする)」「人形遊び(例:人形に服を着せる、人形を寝かせる)」「大人の行為のまね(例:掃除機をかけるまねをする、電話をするまねをする)」といった項目が並び、いずれも言語発達につながる重要な発達過程であることが示されています。
マッカーサー乳幼児言語発達質問紙は詳細で保護者にとっても手間のかかる検査ですので、保健師さんが働く現場で頻繁に活用するのは難しいでしょう。ですから、これらが重要な観察項目であることを念頭に置いて、聞き取りや相談支援を行っていただくとよいかと思います。

相談の場で提案できること

一例としてことばの相談室での実践をご紹介すると、相談室で遊びに使うおもちゃのラインナップの中に、歯ブラシやコップ、髪をとかすブラシ、お人形、帽子、めがねなどの日用物品やそれらのミニチュアを含めています。
そうした日常生活のことが面白いと感じる時期には手に取って遊んでくれるし、発達段階の過程でそうした遊びがまだ早いお子さんには、そうした物品ではなく、ラトルやプットイン(ぽっとん落とし)のような感覚・運動に働きかけるおもちゃを好んで楽しむことでしょう。
あるいは、別のお子さんでは、身の回りの行為を部分的にまねるだけでなく、セリフを言ったり役割を演じたりする、流れを持ったおままごとのようなごっこ遊びに発展するような発達段階であると分かることもあります。例えば、お人形に服を着替えさせながら「お出かけするよ」と声をかけたり、おもちゃの電話を使って「もしもし、〇〇です」と話したりする様子が見られます。
少し話題が逸れますが、1~3歳の時期のことば・発達の相談では、絵カード、絵が描かれた図版を使用しての言語発達の状況のアセスメントがうまく行えないことがよくあります。それは発達の遅れや障害の有無に限らず、よくあることです。そもそも、ことばの発達は、絵カードや図版でアセスメントするものという思い込みがテスター側にもしあるならば、そちらを柔軟に変えるべきかと思います。

家庭で実践! おすすめのお片付け・お手伝い

ご家庭での実践におすすめなのは、「お片付け」「お手伝い」です。
例えば「食べた食器をシンクに持ってきて」を毎日の食事終わりのルーチンにしているご家庭、「脱いだ服を洗濯機に入れてスタートボタンを押そう」をお風呂に入る前のルーチンにしているご家庭、上着やかばん、帽子などを掛けるフックを玄関廊下の壁に取り付けておき、子ども自身に片付けてもらっているご家庭などの実践例があります。ゴミをポイして(捨てて)、のようなちょっとした移動を伴うお手伝いも楽しみながらできるのでおすすめです。
日常生活で繰り返すルーチンをいつも同じ流れで固定するのもおすすめです。うちの息子は朝、身支度を終えると腕を挙げながら「ゴー!」と言って玄関に向かって走り出します。食事や着替えが終わると保育園に行く流れを息子なりに理解しているのでしょう。
物とその行き先、行為とその次に起こるイベントを線結びのように結びつけることで、身の回りの生活や物事の流れの理解が深まります。すると、次にすべきことのイメージができるようになり、活動の積み重ねがことばの獲得にもつながります。

実際の生活にあわせた助言を

ところで、ご家庭での実践について助言をする際には、ご家庭で赤ちゃん・お子さんと親御さんがどのような生活をしているのか? 助言者の想像がきちんと及んでいることが重要です。
フローリングと高いテーブルのリビングなの? 畳とローテーブルで食事をするの? キッチンや食べ物が置いてある場所は子どもが遊んでいるスペースから見える? 自分でそこへ行くことができる? できない? 毎日自動車に乗るの? スーパーには行く? 宅配を使っている? ペットは飼っている? 洗濯物は直接洗濯機に入れる? それとも洗濯かごに入れるの? きょうだいごとに持ち物は分かれているの? 共有なの?――そうした、個別具体的な状況に合わせた実践を提案しないことには、絵に描いた餅になってしまうからです。
例えば「脱いだ靴を靴箱に片付ける」をルーチンに取り入れてもらおうと思ったら、おうちの玄関に靴箱は無いよというご家庭もたくさんあります。実践を提案するにはそうした具体的なところまで伴走してあげられると理想的です。

「道具を使う」「行為をする」の発展形を知ろう

さて、ここまで解説してきたのは、子どもが周囲のことをじっくり観察し、理解を深めていくことでことばの発達の素地を作る、身の回りの道具の使用と、使用をまねする遊び、それから生活の中に組み込まれている行為役割を担っていく活動です。
ここからは、これらが定着し発展していくと、どうなっていくか? をお話ししたいと思います。

身振りサインに発展

歯ブラシで歯を磨く、ブラシで髪をとかす、コップでお茶を飲む……くりかえし物品を使い、物品を使った遊びをすることで、行為のイメージを育てます。すると、物が無いのにあたかも持っているような身振りをしてコミュニケーションを取り始めるお子さんもいます。
例えば人差し指を歯ブラシのように横方向に突き出し、歯を磨く行為を再現して見せるなどです。記号としての身振りサインが完成です。
この連載の第9回、「赤ちゃんの身振りサインの発達」でもお話ししたように、身体の一定の動き・動作に"意味"を託すことで伝えている身振りサインは、ことばと同様、またはことばに近い記号の構造を持っており、まさに言語獲得のステップを登っているといえます。

見立て行為に発展

それから、例えばストローを横に持ち歯を磨くまねをしたとすると、これは見立て行為と呼ばれるものです。本物の歯ブラシで自分やお人形の歯を磨くふりをする「○○するふり」の遊びと見立て遊びは、発達段階が異なります。なぜならば、実物が目の前に無いのに実物のイメージを代用物に仮託(仮に置いた物に託して)して、行為を再現している点が、たんなる実物の使用とは異なるからです。
「実物の使用」と「身振りサイン」や「見立て行為」、両者の間にあるのはイメージする力の違いです。イメージする力のことを、教科書などではよく表象(ひょうしょう)と呼ばれています。無いものを頭の中のイメージで補いながら伝え合ったり自分の頭の中で考えを進めたりするのに、表象を用いているんですね。

ことばの獲得に関わる象徴機能

発達について書かれた教科書などで、「象徴機能」という用語に出会ったことがある方もいると思います。コップは無いけれど手をグーにして口に近づけることで、コップで水を飲む行為のイメージを身振りとして表すことは、なにか別の物で別のイメージを表し伝えることです。象徴機能とは、こうした営みを行える人間の能力のことを指しています。
人間がことばを獲得する少し前の時期から、その後の抽象的な思考を行ったり実物が現前に無い状態でもさまざまなイメージをことばで伝えあうコミュニケーションを行ったりする段階に至るまで、この象徴機能が欠かせません。

ことばは添えたほうがいいの?

ところで、赤ちゃんやことばをまだ話さないお子さんに対して、ことばを添えることを意識して接したほうがいいのか? と聞かれることがしばしばあります。
こうした質問で聞かれているときに想定されている「添えることば」が、「物の名前(事物名称)」であることが多い気がします。例えば、「バナナ」「コップ」「歯ブラシ」「スプーン」など、子どもがその物を扱っている最中に物の名前を添え、教えて(聞かせて)あげたほうがことばの獲得につながるのでしょうか? という疑問です。
もちろん、物の名前を聞く機会が少ないよりは多いほうが、その名称を獲得する確率は高まるとは思うので、「そうですね、そうしてあげてください」と伝えていたこともありました。しかし、よくよく考えると私自身はそうした実践はあまりしていません。
どちらかといえば「(スプーンで食べまねをした子どもに対して)あーむ、あーむ、おいしー!」「(コップでうがいまねをした子どもに対して)ガラガラガラ、ぺー、じょうず~!」「(歯ブラシをお人形の口に当てた子どもに対して)ゴシゴシゴシゴシ、きれいになったかなー?」のような声掛けをしています。

物の名前に限定しない声掛け

あらためて振り返ると、物の名称のことば掛けは、私自身ほとんどしていないことに気が付きました。
理由のひとつは、「これは、コップ」「これは、歯ブラシ」など、物の名称のことば掛けにこだわると、遊びの楽しさを目減りさせてしまうと感じることです。「大人が子どもに教える」という空気を持ち込んでしまうと、せっかくの楽しい流れが台無しになるのではないでしょうか。
もうひとつの理由は、名称を伝えるよりも、使用のイメージを伝えることのほうが大事なのではないかな? と感じる場面ではそちらを優先しているためです。私たち大人も、日常生活ではコップで飲み物を飲むときにわざわざ「これは、コップ」と宣言したりはしませんし、「ぷは~、おいし~」と言うほうが、ごく自然です。
そうしたわけで、遊びの中でのことば掛けは「物の名前」のみに偏らないほうがよさそうです。
あるいは、物の名前に興味関心が向くのが、その後の発達過程で訪れるこの先の段階なのかもしれません。それはまた別の機会にお話しできたらと思います。


【参考】

  1. 検査の販売は京都国際社会福祉センター 発達研究所、参考:『日本語マッカーサー乳幼児言語発達質問紙の開発と研究』ナカニシヤ出版, 2016
おすすめの本

『0歳から幼児までの 絵本とおもちゃでゆっくり子育て』(マイルスタッフ)2017
著者:柿田友広

ことばの相談室で用意しているおもちゃの話題が出てきましたが、おもちゃについてはこの本でたくさん勉強させていただきました。この本を読めば、ことばが芽生える時期に、日常生活を再現するような遊びをしっかり遊びこむことの大切さが分かります。

 

著者
寺田奈々
ことばの相談室ことり
言語聴覚士

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