保健師のビタミン

百花繚乱

第3話花水木

私は、自分が4月生まれのせいか、春の訪れがとても待ち遠しく、桜の季節になると、色、風、香り、つぼみから散り初めまで、心のアルバムを開いたり、花をいとおしく思い、感謝するのですが、今春は、私の姪の萌絵が中学を卒業し、支援学校へ進級します。義務教育が終了し、ここから先の人生は、本人や親が口では言い表せないほどの悩みや希望など数々のプロセスを経て、ようやくたどり着いた結論です。

萌絵は15年前の初夏、アペール症候群という障がいを持ってこの世に誕生しました。その日のことは、忘れもしません。一本の電話連絡に私は凍りつきました。「なんで?なんで?」「何かの間違いやろ?」。やっと授かった命の誕生を喜ぶ気持ちよりも、戸惑いや動揺の方が強かったと記憶しています。障がい児の在宅指導を職業にしていた私は、一般の方より障がいに対しても理解していたつもりでした。何より自分の関わってきた子どもたちをいとおしく思っていました。そして、そのご家族の方々とのふれあいの中で、障がいを持って生まれてきた子どもが決して不幸ではないこと。たくさん苦労もあるけれど、そこを超えた深い絆が結ばれている姿も直接拝見していたはずなのに、実際に自分のたった一人の妹に、重い障がいの子どもが生まれ、平静でいられない、言葉が見つからない。なんとも情けない私でした。それからの日々は筆舌に表せない闘いの毎日で、妹は生まれたばかりのわが子を抱っこできず、荷物を持っただけの退院でした。

退院のその日は、これ以上ないというくらいの青空で、その空の色は今でも心の糧となっています。生まれてすぐに兵庫県立こども病院に救急搬送された萌絵は骨形成不全により、頭部と顔面の変形、両手と両足指の合指と、何万人に一人という重い障がいでした。それでも生きようとする力を持って小さな命の力を懸命に輝かせ、何度も何度も大きな手術を繰り返し、妹にとっては普通に公園に行ったり、水遊びをしたり、当たり前の育児もできず、病院という閉鎖された空間の中で、小さなパイプ椅子に座り、泣くことも忘れるほどの献身的な看病することが育児でした。

しかし小さな命は、大人のそれぞれの勝手で別れ別れになっていた家族を集結させました。離婚していた妹の両親は、自分たちの孫のために不便な場所に位置する病院への送迎や、妹のためのお弁当運び等、もとの夫婦がしがらみも忘れてそれぞれができることを考え、できることを小さな命のためにやりました。当初は、医者でも初めて聞く病名という珍しい症例でしたので、3歳まで生きられないとか、知能に遅れが出るとか、絶望的な宣告を何度も耳にしました。でも、あきらめず家族は、「くしゃみをした」「あくびをした」と小さな命の姿に喜び、感激しました。そして私は、日々やつれていく病室の妹の唇に太陽のように、まっ赤な陽気な口紅を付けて歩くことができるようにという願いを込めて2003年5月15日に「赤い口紅運動」を始めたのです。

姉として妹を思う気持ちから誕生したこの活動は、妹の「姉ちゃん、お化粧なんかきれいにする余裕ないし、お金もかかるし、きれいにしていると役所の人や世間の人から、子どもに大きな障がいがあるのに余裕あると思われるから」という一言が始まりでした。日本は福祉に対して先進国の中でも、まだまだ基盤づくりがきちんとなされていないと、この15年間で実感しています。妹は「せっかく心を許してなんでも相談できていた役所の担当者や保健師さんが異動で変わるたびに、また一からの話をしないといけないことや、信頼関係づくりがしんどい。でもお世話になる側やから、嫌われたくないし、萌絵ちゃんのためには、たくさんの人にこれからもお世話にならなあかんので、自分たちが腰を低く感謝せなあかんねん」と言っています。職務上、退職や異動は仕方のないシステムと思いますが、心の支えがなくてはならない立場の人には「一生涯一担当責任者」ということは無理でしょうか? 親に異動はありません。退職もありません。

私も仕事をして関わっていたのではなく誠意をもって障がい児指導をさせていただいていましたが、今になって思うと自分の家族に障がい児が生まれたからこその言葉や文字があるように思います。「その人の立場になって」というのは尊いことですが、とても難しい壁があるのです。赤い口紅を500本贈呈して多くのお母様方から感謝の言葉や励ましをいただき、逆に力をもらっています。支援学校は高卒資格にならないそうですが、以前東京駅で合指の方が器用なパソコン操作でチケット販売をされている姿を拝見し、頑張れば活躍の場があると希望を持って妹親子の応援を続けたいと思います。一人でも多くの障がい児の、意味を持って誕生した命が輝けますように。

花華拝

※花水木の花言葉
 「返礼」「永続性」

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著者
森岡花華
チャイルドケアコンサルタント。
旧姓・柴田花華。モンテッソーリ幼児教育指導者、医療心理科講師を経て民生委員、児童委員民連会、教育委員会、青少年育成委員会等で講演。
2003年から障害児の母親を心理的に支える「赤い口紅運動」を主宰、これまで約500人に口紅を贈呈。2014年、財団法人和歌山県福祉事業団より「赤い口紅運動」に対し表彰を受ける。夫が名張市の福慈会「夢眠クリニック」院長として単身赴任する中、白浜の別荘で愛猫リンと暮らす。紀南たばこ対策推進協議会評議員。

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