保健師のビタミン

こんにちは、開業保健師です!

第4話キャリアについて 開業前(看護師時代)

先日確定申告をやっと済ませました。
昨年よく頑張った結果が出ていたので、早速、日頃迷惑をかけている家族と自分にご褒美しました(笑)

さて、少しキャリアについて考えてみたいなと思います。月刊地域保健の2005年3月号の「保健師のキャリアアップスキルアップについて考える」という対談で、現場だけでなく、大学院進学等によりキャリアアップ、スキルアップをされている若い保健師さんたちと対談しました。

その時、私は「すごい!!」と感嘆しました。私の若いときは、「ここまで考えていたかな」と反省をし、刺激を受けた次第です。

私個人は、どのような経験も無駄にならないと思っておりますが、若いときからもう少しキャリアを意識して行動すればよかったなと。

対談のコーディネーターの村田陽子さんは、開業保健師の魁の一人で、健康教育という業務を主軸に、しっかりと仲間づくりをされており、すばらしい存在だと感じました。

私のキャリアの第1期は、職域病院の臨床看護師で、混合病棟に4年間勤務。

病棟看護師(夜勤も)と、院内の教育委員、看護学生の臨床実習指導担当を経験。当時は、卒後即戦力として、先輩との数回の夜勤勤務を経て、一人夜勤も経験(翌年からは2人体制に)。

とにかく不安でいっぱいでしたが、泣いてはいられません。深夜帯に患者さんが亡くなると、夜勤婦長と翌日の早出に連絡をいれ、手伝ってもらいながら必死で死後の処置等もしました。

深夜の入院患者の受け入れも、通常業務と違い大変な作業でした。(今考えるとぞっとします)。

おそらく今も臨床現場は大変なことと思いますが、看護配置基準が見直されたことは、国民にとっての安心安全な医療の確保になること、現場で働く看護職にとってもよいことだと思います。

反面、大都市の大規模病院に看護師が集中するという社会的弊害を生んでいると思います。

当時痛感したこととして、退院患者さんを見送りながら、今後どういう暮らしをされるのかなと心配でした。ご家族に対して、地域の社会資源を提供したり、ご家族の介護負担を軽減するための情報提供をしてあげられなかったなどの反省が残りました。

現在は、社会システムとしての介護保険制度が整備され、在宅医療も格段に進歩しましたが、当時は地域の受け入れ体制もなく、在院日数が長かったのは仕方がないことだったのでしょう。

病院を退職後、大企業グループの診療所へ。
一般診療と数万人のグループ企業の社員の健康管理を担当しました。

そこまでは、病気や病気の予備軍の人を支援してきたけれど、今後は、予防的(病気にならないための)支援をしたいと願い、保健師学校へ進学。

今年から始まる高確法では、特定保健指導の担い手として、医師・保健師・管理栄養士等があげられています。

予防にスポットが当たり、保健専門職にとっては好機でもあり、がんばり時だと思います。

著者
齋藤明子
看護師として臨床およびグループ企業の診療・健康管理を経験。29歳で保健師学校に進学。卒業後地域保健に3年ほど従事。先輩保健師の誘いで企業に就職。安全衛生健康管理活動および健康増進活動を行う。その後外資との合弁企業に非常勤雇用される。
平成10年ヘルス&ライフサポートTAK設立。個人事業主として活動を開始現在に至る。保健師・産業カウンセラー・労働衛生コンサルタントとして、中小事業場の健康管理体制構築支援、相談活動、介護認定審査会委員、NPO活動等を行っている。

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