保健師のビタミン

家庭基盤と絆

第6話地域で育てる小学生

子どもにとって「遊び」こそが重要だということを前回は述べましたが、今回はその延長線上にある遊びを見守り、手助けする地域の存在を書きたいと思います。

若干、お涙頂戴調になることを先にお許し願いながら、私の幼少期にどうしても忘れられないある人物がいました。

それは紙芝居のオッチャンの存在です。
私が9歳のとき、両親が離婚し、それまでの天国のようなお嬢様生活が一気に地獄へと一変し、親せきの間でいわゆる"タライ回し"にされていた私の寂しい心を癒やしてくれたのが、1週間に一度だけやってくる紙芝居のオッチャンでした。

キツネ公園に、夕方近くになると現れるオッチャンは、黒くて大きな自転車に木枠の紙芝居と、水飴やソースせんべいなど魔法のように次々と子どもが喜ぶお菓子が出てくる木箱を積んで登場します。

しかし、そのオッチャンは子どもの目から見ても、決してやさしい顔をしているわけでもなく、どちらかと言えば謎めいた風貌でした。戦争で失った左目にはいつもアルミ製の大きな眼帯のような物を付け、声は地の底から聞こえるかのように低くくて、オッチャンの読む『月光仮面』などは、夜思い出したら絶対に一人でトイレに行けないくらい恐ろしい口調でした。

しかもオッチャンの話は毎回同じなのに、同じところでドキドキするから不思議です。

母は私に負い目があったのか、当時の小学生にしてはお小遣いを多く渡されていたと記憶しています。しかし、両親の離婚や親せきの家でのつらい生活が私を人間不信に追いやっていたので、お金にもシビアで、毎回5円の型抜きを1枚だけ買って特等席を確保するズル賢い小学生でした。

中には、お金がなくて何も買えない子もいましたが、オッチャンは自分に群がる子どもたちに、平等に恐ろしい声で「ワァッハッハ……」と『月光仮面』を読んでは子どもたちを震えあがらせ「ほな、またね」と言い残して黒い自転車を押して消え去るのです。

そして、水飴を巻くときに使った割り箸は、必ず「ゴミ箱に捨てないで洗ってオッチャンに返してくれ」と言っていたことも、リサイクルというよりはオッチャンも貧しかったのかと思います。

そして日が暮れるころ、まだ紙芝居の余韻に浸る私たちは「あんたら、いつまで遊んでんの!! 早よう帰らな、子取りのオッチャン来るで!!」と公園前に住んでいた鬼瓦のような顔をしたオバチャンに叱られて、私たちは子取りのオッチャンより、その鬼瓦のオバチャンが恐くて散り散りに帰宅するのです。

甘えることのできない人間不信の私が、曲がりなりにも勉強し、毎日過ごせたのは、紙芝居のオッチャンや、叱ってくれたオバチャンや、私が買いに行くと必ず何かオマケしてくれた市場のみんなのおかげだと感謝しています。

感謝といえば、こんなこともありました。ある日、給食のない土曜日、お昼を食べに母からもらったお金で近所の中華ソバ店に入ったとき(今思うと小学生が一人でラーメン店に入るのも異様ですよね)私が座った前のテーブルに、白髪のか細いお婆ちゃんが一人背中を向けて、ラーメンを食べていました。

そのお婆ちゃんの、背中を丸めてラーメンを食べている後ろ姿が、あまりにも寂しくて切なくて、私は涙がポロポロとこぼれてきてしまいました。そのときラーメンを運んできたオバチャンが「お譲ちゃん、どうしたん?」と驚いて、私の高さまでしゃがんで「急に泣き出して、ビックリしたがな。どないしたんや?」と聞いてくれました。

でも、なぜ目の前の背中しか見えないお婆ちゃんの姿が悲しかったのか、自分の心の中を説明できずに、オバチャンの問いに答えることはできませんでした。

今思えば、一人寂しくラーメンを食べるお婆ちゃんの姿と、やはりひとり寂しくラーメンを食べる自分が重なったのかと思います。きっと団欒(だんらん)に飢えていたのでしょう。そのとき、中華ソバ店のオバチャンも泣いていました。

紙芝居のオッチャンも、鬼瓦のオバチャンも、一人ぼっちでラーメンを食べるお婆ちゃんも、中華ソバ店のオバチャンも、みんな生きるのに必死だった時代の話です。

でも、そんな時代だったからこそ、他者の痛みが分かり、分け合うことができ、人の不幸を見逃すことができず、助け合う気持ち"One for All. All for One"(一人は万人のために、万人は一人のために)ができたのではないでしょうか。

隣人が誰かも分からない、挨拶もしない殺伐としたこの時代、行き場のない子どもたちは、コンビニやゲーセンで愛のない時を過ごしているのですね。身なりはきれいになっても、温もりのないこの時代に、自分が子どもであったなら生きていけたか自信がありません。

地域のみんなで街の子を守っていた時代を懐かしく思うたび、今の子どもたちにも、私に感謝という心を芽生えさせてくれた貧しくもやさしかったあの人々を逢わせてあげたいと思います。

~今日の花華綴り~
「やさしさに包まれた子どもは、大人になってもやさしさの種まきができる人になる」

著者
柴田花華
チャイルドケアコンサルタント。
モンテッソーリ幼児教育指導者、医療心理科講師を経て民生委員、児童委員民連会、教育委員会、青少年育成委員会等で講演家として活躍中。
障害児の母親を心理的に支える「赤い口紅運動」を主宰。新聞・ラジオなどのメディアで多数取り上げられる。日本禁煙医師歯科医師連盟会員。2003年5月5日の子どもの日にオフィスあんふぁんすを設立。同時に「赤い口紅運動」開始。

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