保健師のビタミン

風雪人生

第8話心葉(こころば)

「心葉」という言葉に出会った時、何て美しく品の良い響きなのだろうと、しばらく感動して、しばしの間、文字を見つめていました。

私は、今回の風雪人生を通して、自分のコラムで心の機微だけを訴えていくのではなく、今は、あまり使われる事のない、日常では登場しなくなった美しい日本語と、その文字の持つ意味を残したいと強く思うようになり、執筆する上で、一番時間を費やすのは、毎話のタイトルです。

自分の知識が乏しい為、何度も図書館に通いました。全く無駄とは言わないまでも、本屋さんでは今の買い手のニーズにあわせているので、どうすれば一億円が貯まるとか、ヘビースモーカーで有名な美容家が書いた美しい肌をキープする本(タバコを吸うと肌は実年齢より10歳は老化します)などばかりで、美しい響きの音を感じさせてくれるのは、唯一、軍艦や戦闘機につけられた名前くらいです。本屋さんでさえこうなんですから、日常会話で心の琴線を揺らすような言葉に出会うことは非常に少なくなっていて、結局は図書館の蔵書の中でも比較的古い書物の中から、今は忘却の言葉や初めて知った言葉をメモして帰ります。

ただ、その作業を辛いとか大変だと思った事は一度もありません。美しい言葉と、その意味と出会った時は、何カラットのダイヤモンドを見つけた時より(実際に、こんな経験がないので比較できませんが)、とても得をした気持ちになります。

特に今回の「心葉(こころば)」という言葉は鳥肌がたつほどの感動でした。今はもう遣われる事のない平安時代の言葉で、人に何かを贈る時に、季節感のある花や押し花などを添えて気持ちを伝えることを「心葉」というそうです。この言葉は、講義で学生に伝え残そうと思っています。

地球温暖化や環境破壊の中に、私は言葉喪失も重要課題に入れてほしいと思います。春夏秋冬の歳時記も毎年同じようなネタを取り上げて「すっかり春らしく」とかニュースキャスターが言っても、何となく空しく聞こえます。

言葉がすたれていくのが問題なのか、それとも風流を感じる季節や自然が失われていくことで言葉が失われているのか、前後は非常に難しい事だと思いますが、自然は誰にも平等に訪れ、言葉は自由に遣えるのですから、耳ざわりの良い、温もりのある言葉を使うことを、一人でも多くの人が意識すれば、自然界を変える事は難しくても人間社会はもう少し柔軟な社会に変える事ができるのではないでしょうか。

病院の待合室で患者名を「様」と呼ぶことが美しい事とは思えません。「柴田さん」でも構わないから、ドクターは病室から出て行く時に「ありがとうございました」と礼を言う私に対して、一瞬でも目を合わせて「心配しないで大丈夫ですからね」と、ちょっとの心配りを下さったなら、何時間も待たされた事も、病への不安も無くなるのになあと思います。

言葉といえば、妹がアペルト症候群の赤ちゃんを産んだ時、家族は誰もが、妹に声を掛ける事ができず、突然の事に皆が動揺していて、妹へ事実を伝えるのは、「幼児教育のプロで講演家だから、お姉さんが一番いい」と、私は家族会議で重要任務を任されました。

血液型は統計学的には意味はあるが、血液型で性格とか人格は皆が一律ではないと、あるドクターから伺った事がありますが、私はAB型なので、常にもう一人の自分が自分の行動を評価している部分があり、妹に告げる言葉を慎重に考えながらも、どこか冷静に、今、目前にある事を受け止める自分がありました。

ただ、いずれにせよ、この第一声には妹の運命がかかっているというプレッシャーがあり、軽率な言葉は遣えませんでした。そして、私が言った言葉は「世の中には、産まれてすぐに死んでしまう赤ちゃんもいるし、もっと重度の障害を持って産まれてくる赤ちゃんもいるから、事実を受け止めて、皆で大切に育てよう」と言いました。姉としての精一杯の言霊でした。が、妹は「私は、自分よりも不幸な人を探さなければ幸せだと思ってはいけないの?」と号泣されてしまいました。

言葉は、よく考えて相手の立場で物を言わなければ、一度口から出た言葉は、もう元へは戻らないし、約束すると言ったら守らなければ嘘つきになり、相手の心を傷つけます。しかし、よく考えた言葉でも、相手の心理状況で、悪気はなくても良い言葉として響かないという事を学びました。

何を言っていいか、わからない場合は、そっと傍らに居るだけで良い時がある事を知りました。無理には必ずどこかで、ひずみが出ます。無理に言葉を探そうとせず、時を静かに見つめる事も大切だと考えさせられました。

私の風雪人生に、数多くの障害をお持ちの方や、障害児を育てているお母さん方から「花華先生の文章からは、ぬくもりと、先生の正直な苦しみが伝わり、きれい事では書いていない事が私達読み手に素直に伝わり、明日も頑張ろうという気持ちになる。ただ、体位交換を夜中に時間毎に行ったり、大変なので、なかなか気のきいた感想が書けずに申し訳ないが、日本中に、何人もの人が元気と勇気をもらい、自分の人生を考える機会になっていると思う」と、お手紙を頂戴しました。

もう風雪人生も、今回で第8話を迎えました。「寄り添い生きて行けない二人なら、いっそ死んでしまいましょうか」の、演歌節よりも「雨に降られて、ぬかるんだ道でも、いつかは、又、晴れる日が来るから」の方が、私は好きです。

好きな人と、少しでも長く一緒に生きて、苦難の峠を越えたら穏やかな日々が待っている、という花華節を伝えていきたいですし、光景や情景の浮かぶ生きた言葉を「心葉」として読者の皆さんへ届ける事ができたなら、風雪人生の意味があると思い、嬉しいです。

殺伐とした世の中で、せめて自分だけは時代おくれと言われようが、流行言葉に疎かろうが、未来に残したい言葉にこだわり続けたい。そう思っています。

~今日の花華綴り~
「花も美しいと言われると咲く事に努力をする。人間も、花と同じ」

著者
柴田花華
チャイルドケアコンサルタント。
モンテッソーリ幼児教育指導者、医療心理科講師を経て民生委員、児童委員民連会、教育委員会、青少年育成委員会等で講演家や大阪医療技術学園専門学校ー児童福祉学科講師として活躍中。
障害児の母親を心理的に支える「赤い口紅運動」を主宰。新聞・ラジオなどのメディアで多数取り上げられる。日本禁煙医師歯科医師連盟会員。2003年5月5日の子どもの日にオフィスあんふぁんすを設立。同時に「赤い口紅運動」開始。

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